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2019.11.18 News お知らせ

「楽観主義の逆転現象」

日本人の価値観をめぐる連載、第2回のテーマは「楽観主義の逆転現象」です。

保守と革新というのは、それだけ聞くと一方が社会の変化を拒み、もう一方が社会を変革し進歩させようとする勢力のように思われますが、そこまで単純な話ではありません。伝統的には、保守はナショナリズムを核とし、革新はコスモポリタンな世界を描いてきました。

歴史的には、保守は革新の政策課題を取り込んだり、革新はコスモポリタニズムよりも国内政治抗争のために働いたりと、理念的な思想からは乖離したことをやってきました。例えば、ソ連は世界に共産革命を広めるためではなくて、ナショナリズムを満たすために軍事や産業振興に力を入れたし、先進国の保守は、福祉国家の方向に舵を切った。しかし、冷戦中は理念的な対立軸があまりに鮮明だったために、現実の政策はともかくとして、保守と革新の二項対立を疑うものはありませんでした。

本日指摘したいのは、保守と革新のそれぞれ核にあるべき思想が揺らいでいるということ。いわば、楽観主義の逆転現象が起きているということです。

本来、進歩を志向する革新は楽観主義をその根底に保っていました。しかし、現在楽観主義を担っているのはむしろ保守の側です。かつて、村上泰亮さんは『反古典の政治経済学』のなかで、保守と革新の対立を歴史的に振り返り、冷戦後の革新勢力が直面する課題を本質的に抉った考察を残しました。そこで指摘された問題点はいまだに有効性があると思っています。なぜ逆転現象が起きてしまったのか。そして、それによる影響にはどのようなものがあるのかをグローバルに振り返ってみましょう。

冷戦が終わると二大陣営の東側が瓦解し、西側の経済と接続し、グローバル化が加速化しました。冷戦が終わったことで、旧い思考に基づく左右対立がはやらなくなると、西側先進各国では改革派のリベラルが次々と政権を担い、改革を取り入れます。クリントン米大統領、ブレア英首相、シュレーダー独首相らは、それぞれ旧左派勢力とは一線を画した競争政策を導入しました。しかし、グローバル化の進展は先進国内の格差を拡大し、人びとは楽観的思考を失いがちになりました。敵を失った西側世界では、そもそも資本主義やグローバリゼーションに参加し続けることに対する国内的な支持が薄れつつあるということです。したがって、改革派は革新勢力のなかで徐々に支持を失っていきます。

グローバリゼーションが進むと、保守の側はグローバリズムとナショナリズムの相克に直面することになります。経済競争に勝ち抜くために80年代からとってきた新自由主義的な政策が、彼らのよって立つ保守的な価値観と摩擦を起こし始めたからです。そこで、保守はしだいに経済的自由主義を後ろに押し隠して、保守的な価値観を通じて動員を行うようになります。具体的な例としては、アメリカのギングリッチ革命が挙げられます。彼は、減税と社会的保守の組み合わせで共和党の票の掘り起こしを図った。実は、社会的対立を煽りながら自由主義的な経済政策を行おうとするトランプの手法は、このギングリッチ革命の進化版といえなくもないのです。

そして、世界大での二項対立が緩んだことでタガが外れ、ナショナリズムや民族主義が台頭する余地が生まれました。つまり、人種のるつぼであり移民大国のアメリカを除けば、保守優位になりがちな状況が生まれたということです。この点は、グローバル化がかえってコスモポリタニズムを弱めてしまった現象として興味深いものです。

加えて、保守が得意とする手法は、大衆から「あいまいな支持」を調達することでした。仮に大きな課題に直面したとしても、マーケットの選択と技術革新の可能性に期待してしばらく任せておけば、難題はいずれ解決するのではないか。そんな楽観主義は、「環境問題で地球が滅ぶぞ」「格差が拡大して社会が壊れるぞ」と警鐘を鳴らす革新勢力よりも、大衆の支持を得やすいからです。保守の側が、難題の解決策においてより優れていたかというとそんなことはないのですが。

さて、この保守による楽観主義的な統治に対して、革新の側がどのような戦略を取ったのか、取りえたのか、というのは検討に値するテーマです。

格差が問題視され始めると、革新の中から、「暗い明日」を描く世界観が出てきます。一方で、彼らは政治勢力として根源的な解決策を提供しにくい立場にありました。革新勢力の重要な支持基盤である旧い産業に従事する労働者を守ろうとすれば、労働者の間に厳然と存在する格差を解消することは難しいからです。

一つありえた手法は、保守ではなく革新こそが、新しい産業や技術に着目して、明るい未来像を提供して人びとを惹きつけるということ。アメリカではオバマ大統領がこの手法を取りました。アメリカの地域の中には産業の新陳代謝で衰退する地域も出るだろうが、どこか別の地域で新産業が花開くことで国全体としての成長をけん引するという考え方です。

しかし、変化を目前にした革新左派の内部分裂で、改革主義的な勢力は消耗していきます。いまや、イギリスの労働党はコービン党首が率い、アメリカの民主党における大統領選予備選ではウォーレン氏が頭角を現してきており、いずれも急進派が主導権を握りつつあるのです。今の先進国社会において、改革派の革新勢力は弱まっています。中道左派のマクロン大統領が、早々にジレジョーヌ(黄色いベスト)運動に直面したことがそれを象徴しています。

エリートによる合理主義的アプローチは、もはや現代では大衆動員型の運動には勝てなくなっている。では彼ら改革派はどこへ行ったのか。ブロックチェーンや暗号通貨、AIなどの新技術に携わる人間は、本来的に「革新勢力」です。ビジネス界においては政治の世界とは異なってイノベーションが可能で、合意形成ではなくマーケットと能力の論理に基づいて、改革を世の中に広めることが可能です。だからこそ、かつてであれば革新勢力に加わったような人々は、いまは政治の外の領域において活躍しているのです。

政治的な革新勢力がこれらのニューカマーの経済人の活動を取り込めているとは思われません。本来手を組むべきはそこなのに。むしろ、楽観的な保守派の方がこれらの新興勢力に近づいている節さえあります。残念ながら、計画的な合理主義的アプローチは先進国の政治に居場所を持たなくなってきているのです。

権威主義体制の中国こそが、AI時代に適する人材を育て、計画的に新技術を社会に導入して、競争力を高めているのは、皮肉なことです。しかし、それは先進国が、既存の秩序維持と保守的な価値観に引きずられがちな保守に、中途半端な改革を委ねているからに他なりません。

新しい経済圏を作ろう、あるいは「無能な国家」に邪魔されないようにしながら、人々の生活を底上げし、豊かにする「改革」を行おう。先進的な経済人のなかにはこうした目標を秘めている人が少なくありません。では、こういう人たちの支持する政党を作って抜本的な改革を担ってもらったらどうだろうか。

残念ながら、先進国の多くでは、この層が多数派を占めることはありません。経済的な自由主義をとりながら、社会的にはリベラルな価値観を持つ人の人口に占める割合は、ごく限られているからです(2016年のアメリカの調査ではこのような価値観を持つ人は回答者全体の3.8%でした。Lee Drutman, “Political Divisions in 2016 and Beyond: Tensions Between and Within the Two Parties,” June 2017.)。大衆動員型の運動によって対案なきちゃぶ台返しが行われようとするときに、改革派リベラルにはなすすべがありません。

大衆動員型のデモや暴動は、これからもしばらく先進国各地で続いていくことでしょう。そして、それを止めよう、安定した社会を維持しようと思えば、図体の大きな保守に政権を任さざるを得ない。要は、左派の内部分裂こそが、現在のような政治状況を生み出しているということです。

保守による統治を受け入れた対価は何か。処方箋はまともなものなのか。次回はそのことについて考えることにします。

 

文藝春秋digital【分断と対立の時代の政治入門】2019/11/18掲載