連載・寄稿

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2019.12.02 News 連載・寄稿

「保守・革新ではなく「価値観」を探ろう」

日本人の価値観をめぐる連載、第4回のテーマは「保守・革新ではなく「価値観」を探ろう」です。

前回は、経済的な価値観は成長重視か分配重視かで違えども、必ずしも日本の有権者は具体的な政策的価値観において分断されているわけではないということをお示ししました。しかし、それは自民党を評価するかしないか、という党派性で切り分けた場合です。

日本人の中には、そもそも多様な価値観があるはずです。例えば、こういう人。

Aさん:自分は内資と外資で転職を重ねて経済的に成功しており、成長を重視しているので大企業や富裕層に課税を強化することは必ずしも政策合理性の観点から望ましくないと思うが、分配を強化することには賛成である。しかし、例えば災害や紛争孤児のために自分が年10万円募金したお金のうち、ほとんどが財団などの経費に消えて、現場に届くお金が僅かでしかないことに不満を覚えている。自分の税金で無駄な道路を作るのではなく、貧困にあえぐひとり親家庭の支援に使ってほしい。非効率な分配ではなくなんとかして効率を高める分配ができないかと思っている。女性として社会の厳しい偏見に晒されてきた背景から、地方に住む若い女性の進学率を上げ、夫婦別姓を推進したいと思っている。いつもエコバッグとマイタンブラーを持ち歩いており、環境保護の啓蒙活動に熱心。40代、事実婚の2児の母。

Bさん:自分は就職氷河期世代に当たり、望んだ正規の職につけず、フリーランスで夢をかなえてきた。しかし、自分と同等に価値を生み出す労働をしているわけではない大企業の取引先の正社員が自分よりもはるかに安定し経済的に恵まれた生活を送っているのをみると微妙な気分になる。自助努力という言葉が響かないのは、全員が自助努力を迫られるのではなく一部のセーフティーネットから外れた人だけが試練に晒されることを知っているからだ。成長も捨てるべきではないと思うが、生まれ育ちによって機会の平等が確保されないことは不正義だと思う。政界でも世襲の議員ばかりが幅を利かせるのはどうかと思うし、もっと議員は現場を知るべきだと思っている。安倍政権の女性活躍という言葉はいまいちピンとこない。女性はすでに強いと思っているし、日本社会は出産などで弱い立場に置かれがちな女性を守ってきた。むしろいまは専業主婦も養えない賃金の低さこそを問題にすべきだと思う。40代独身男性。

さて、AさんもBさんも再分配には賛成しており、Aさんに関しては積極的に支援団体を調べて募金するなどして個人でできることをしています。総論として、厳しい境遇に置かれた人を助けてあげるべきだという理念は共通している。しかし、関心の所在は異なっています。Aさんの場合は、女性であることによってイコール・フッティングの競争ができないことを問題視しています。Bさんの場合は、生まれ育ちの財産の多寡の方に大きな関心があるようです。こうした異なる二人を前にして、保守であるとか革新であるとか、改革派であるとか守旧派であるというレッテルを貼るのは難しい。だからこそ、価値観を幅広く探ってみる必要があるのです。

前述の人物像のスケッチには、環境問題が出てきました。ほかにも、体罰、外国人に対する態度、伝統行事、マイノリティに対するクォータ制度、東京一極集中是正、LGBT差別問題、セクハラ問題などが存在します。日本ならではの原発問題も入ってくるでしょう。実は、本コラムにあげた教育無償化はそのような社会的価値観の一部でしかありません。

価値観というのは、政策ではなくすでに人々の頭の奥底にそれが意味するところのものについて明確な「了解」のある考え方への態度、反応であるといえます。分かりやすく示すために、日米の比較をしましょう。

「中絶はいいことだ、どんどんやったらいい」と考える人は両国ともに少ないでしょう。アメリカでは「中絶は女性の権利だ。いついかなるときにもどのような理由でも女性は自らの身体をコントロールする権利がある」=プロ・チョイスという立場と、「中絶は殺人だ。いついかなるときに、例えレイプの結果妊娠したのであっても、中絶はしてはならない」=プロ・ライフという究極の立場とがあり、その数直線上に多くの人が分布しています。つまり、中絶に関して「選択か命かなどという論点が存在するなどと聞いたこともない」と答える大人はほぼ存在しない、ということです。

でも、日本では違いますよね。日本では中絶は「よくないこと」だけれど、「仕方がない」「中絶の数を減らそう」という意見を持っている人が人口のほとんどであり、それは、ここでいう深く根付いた価値観とは言えないのです。

そこで、日本の社会で深く根付いた考え方の賛否=価値観をめぐって弊社(山猫総合研究所)が行った日本人価値観調査2019の結果を見てみましょう。

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実は、原発をめぐる立場を除けば、党派性による大きな差は見られません。夫婦別姓だけ、自民党コア支持層(回答者全体の8%)がわずかに保守よりの回答をしていますが、その差自体は大きなものとは言えません。
その意味合いは、日本は銃規制、中絶、宗教、人種などを巡って大きな社会的価値観の分断があるアメリカとは異なり、いまだ社会的価値観が党派性を形作っていないということです。

しかし、最大野党の立憲民主党は環境問題やLGBTに焦点を当てたり、女性候補者を増やし、夫婦別姓を推進するなど、社会政策のリベラル性を前面に押し出しています。日本では、「産む機械」発言が真意を超えてスキャンダルになったり、女性記者への暴言で財務次官が辞任に追い込まれたりしていますし、必ずしも社会問題は政局と無関係とは言えません。

ではなぜ、社会的価値観が党派性を形作らないのでしょうか。日本には十分な量の社会的リベラルがいないのか、それとも、立憲民主党がリベラルな層を取りはぐっているのでしょうか。次回は、日米の比較を通じて社会政策と経済政策における人々の分断と分布を見てみることにしましょう。

文藝春秋digital【分断と対立の時代の政治入門】2019/12/2掲載