連載・寄稿

2020.01.06 News 連載・寄稿

「日本のジェンダー・ギャップが先進国最低になった背景」

日本人の価値観をめぐる連載、第9回のテーマは「日本のジェンダー・ギャップが先進国最低になった背景」です。

日本は2019年の世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップリポートで、過去最低で先進国のなかでも最低の121位という不名誉な地位に甘んじました。このランキングの点数のつけ方については様々な異論も出ましたが、どう考えても政界と経済界の女性リーダーシップ比率が低いのは確かですし、同じく豊かで専業主婦比率が高いはずのドイツの順位は高いのですから、言い訳をするよりも現状をしっかりと分析する方が役に立つのではないかと思います。

日本のジェンダー・ギャップが開いてしまっている理由はいくつかあります。

ひとつは、日本が豊かな先進国であり、長らく専業主婦とサラリーマンのライフスタイルを政府や企業が支援してきたこと。その結果、多少家計が苦しくなって妻が働きに出たとしても、出産でキャリアを中断した後の女性が賃金の低いパートタイマーに集中することによって、賃金とポジションの格差が開いてしまうことです。また、日本では育児や家事に大変長い時間と労力をかけることが一般的であり、社会や家庭の文化の次元で女性に重荷がのしかかってしまう結果、ワーキング・ウーマンが子供を産みにくくなったり、子供を産んだ女性が活躍しにくくなったりするのです。その結果として、購買行動や契約といった経済的な自己決定権を握れる女性が人口のごく少ない割合に限られてしまい、実質的にも女性の自己実現と自己決定が阻害されがちです。簡単なように見えることなのですが、女性がどれだけ額の大きい買い物の決定を一人でできるかというのは、重要なジェンダー・ギャップの指標たりうるはずです。これまで各地で様々な方々に聞いてきましたが、奥さんが軽自動車を買う決断をひとりで下すことに違和感のない男性は東京の一部のパワーカップルを除いて存在しませんでした。

二つめは、民間企業の意識の低さです。日本では、男女雇用機会均等法は国際条約との関係上、お上主導で進められました。何分「上からの改革」ですから、民間企業のなかにその精神が浸透するのに時間がかかってしまったのです。男女雇用機会均等法施行以後の世代ですらまだ三十数年しかたっていないわけですから、女性の幹部を積極的に育てようと企業が頭を切り替えてから何年たっているかが重要です。幹部養成には時間がかかるのです。

三つめは、そのような民間企業の意識の低さを前提としたとき、女性活躍のために官が介入できる領域やポストが限られていることです。日本は先進国の中でも極めて労働者全体における公務員比率が少ない国です。米国では多数の福祉や学校現場に関わる地方公務員が存在しており、そこに黒人や女性などのマイノリティが優先的に登用される時期が長く続いています。したがって、日本の弱点の一つは、女性の幹部比率をあげようとしてもその余地がないということ。中央官庁は日本における権力の核心であって、クォータ制のような政策は導入されてきませんでした。男性社会で本気の権力闘争を少数者の女性が勝ち抜かなければ、幹部にはなれない。では、地方公務員を通じて女性比率をあげようと考えても、そもそも人員が少ないので介入できる余地が限られているということです。

四つめは、日本では政治の側にクォータ制を導入したり候補者として沢山の女性を立てるような動機が欠けているということです。これまで見てきたように、日本の政治的な左右対立は主に憲法と日米安保をめぐって展開されてきました。価値観の定食メニューが形成されていない結果として、リベラル系政党の側に女性活躍を推進するインセンティブが欠けているのです。
そこで、本日は弊社(山猫総合研究所)の価値観調査の中で、女性問題に関する調査結果をご紹介することにしたいと思います。

調査では、以下の6個の価値観に対して賛否とその度合いを答えてもらいました。この女性問題に関する問いは、以前に取り上げた米国のボーター・サーベイの設問を踏襲し、日本語として理解できる表現に変えています。

①女性は家事など家の中の仕事に向いている
②女性が権利拡大を主張するときはだいたい特別扱いを要求している
③女性は社会に差別があるために良い仕事やポジションを得られない傾向にある
④女性がハラスメントを訴えると大抵はもっと大きな問題を引き起こす
⑤職場におけるセクハラ問題はもう日本では解決した
⑥女性が社会進出したことで、人びとの生活の質はむしろ向上した

このように、設問が特定の意見を標榜しているのは、社会的に形成されている価値観を提示し、それへの賛否を問うことでイメージしやすくするためです。

保守度の高い主張を行っている設問が①、②、④、⑤であり、リベラル度の高い設問が③、⑥です。まず、回答者全体の傾向を見ましょう。

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①に関しては反対優位でした。注目すべきは、賛成の中でも「とてもそう思う」と答えたのは僅か3.2%にとどまったことです。また、⑤に関しては圧倒的多数を反対が占めており、日本人が決して問題の所在から目を背けているわけではないことが明らかです。

次に、年代別の正規分布を示します。この図は、女性問題については世代間でほとんど価値観分布に差がないこと、リベラル寄りの価値観が多数を占めていることを示しています。しかし、現在の高齢者には男女雇用機会均等法以前の世代が多く含まれているはずです。時代が進むとともに女性の社会進出が進んできたことを考えると、上の世代の人びとが価値観を変化させ、全体がリベラルな方向に動いた可能性があります。であるとすれば、女性の権利についての規範的な言説が浸透したと見ることもできるでしょう。

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さて、回答結果を見ればかなり穏健リベラル寄りに社会が進化してきているように見えますが、実は、この調査には表面的にポリコレ言説に同意する人の中から隠された差別意識を焙り出す設問が混ざっています。次回はそれについて分析します。

 

文藝春秋digital【分断と対立の時代の政治入門】2020/1/6掲載