連載・寄稿
2020.01.27 News 連載・寄稿
「政権交代に必要なのは、『民主党の成功』の分析」
日本人の価値観をめぐる連載、第12回のテーマは「政権交代に必要なのは、『民主党の成功』の分析」です。
前回は、政権交代を可能にする野党をつくるためには、政権不信を煽るよりも、マイルドな自民党評価層を一部取り込んだうえで、彼らの価値観を代表する中道リアリズムの政党になるしかないと申し上げました。「自民党が嫌い」な層にアピールするのではなくて、自民党と野党、どちらもフェアに評価してくれる可能性のある有権者にアピールする必要があるということです。
なぜならば、「自民党をまったく評価しない」と答えた、かつ政治的にアクティブな層(2019年の参院選で投票している人びと)は、統計的には全回答者の1割しか存在しないからです(山猫総合研究所「日本人価値観調査2019」報告書参照)。その中のリベラル票(維新、N国投票者を除く)に限れば、7.6%と1割を割り込みます。野党政治家や候補者が政権への怒りを表明したツイッター投稿をしたときに稼ぐ、数千から1万程度の「いいね!」は、所詮内輪での「バズり」であり、そうした戦い方では、この7.6%の層を踏み越えて支持を広げることはできません。
ただし、最大野党が政権交代を目指すために訴求しなければならない「リアリズム層」、すなわち外交安保で現実路線を取り、経済政策では成長を重視する層は、必ずしも一般的な語感での「保守」ではありません。前回示した価値観分布には、社会政策に関わる価値観が一切勘案されていないからです。
自民党は2012年の改憲草案に表れているように、党内に社会保守的な価値観を持つ人を一定数抱えています。しかし、実際に自民党に投票している人の中には多くの社会リベラルが含まれています。そして、立憲民主党は2019年の参院選でリベラルな社会政策を打ち出したにもかかわらず、社会リベラルを取りこぼしているのです。その理由は、社会政策における価値観の不一致よりも、外交安保や経済政策で同じリアリズムを取る政党を選ぶことを有権者が重視したからでした。
しかし、これからは外部環境の変化によって日本においても次第に社会政策が重要な判断基準に加わり始める可能性があります。最大野党が外交安保でリアリズム寄りに舵を切れば、違いが目立たなくなり、社会政策が意識されるようになるでしょう。日本人の社会的価値観は、現在は党派化されておらず穏健ですので、社会政策で「おかしなことをしない」ことが求められると予測されます。
その意味では、政党が「正しい認識」を話すことと、身を律することが重要です。イメージに反することをしてしまう政党だという印象を持たれるのは致命的です。共産党の議員が夜な夜な料亭で豪遊していたり、立憲民主党の議員が女性にセクハラをすることは、自民党の議員が同じことをするよりもよほどダメージが大きいのです。
前回のコラムの結論の通り、いま評価してくれている人たちだけにささる政策を打ち出すのは間違っているが、いま評価してくれている人たちが持っている価値観を大きく裏切るのも間違っている、と言うことです。
安倍政権がとってきた戦略は、外交安保リアリズムと経済成長を打ち出して多数派を惹きつけつつ、野党の共産党との共闘を批判あるいは揶揄したりすることで、立憲民主党に「安保左派」のイメージを植え付けることでした。それは半ば成功しています。そこで、野党の立場に立った時に、現在では不可能であるかに見える起死回生の策を考えてみましょう。自民党の弱点は、社会保守のイメージがついており、議員にもそのような不祥事が少なくないということです。その点にかんがみ、自民党評価度別に回答者の社会政策(横軸)×外交安保政策(縦軸)に関わる価値観分布を見てみましょう。
自民党を高く評価する層は1割を切っており、そこに社会保守(横軸で中心線よりも右側)と外交安保リアリズムの価値観を持つ人が固まっていることが分かります。やや評価する層まで広げると、やはり外交安保リアリズムが主体ですが、社会的にリベラルな人が半数を超えるようになります。社会リベラルの価値観を持つ人は、本調査で全回答者の53%に及びました。ですから、普通に考えれば、野党の戦略は外交安保で自分もリアリズムに舵を切ることで自民党の利点を奪い、自民党を社会保守政党に追いやることであるはずです。自民党議員の一部はすでに自らの弱点に気づいており、社会的中道やリベラルへの接近を図っています。ですが、何分伝統的な支持者を抱える巨大組織ですから、そこまでとんとん拍子にはいきません。
これだけ当たり前の戦略が浸透しないのは、メディアでも論壇でも、自民党への嫌悪感を持つ層に同調することが、楽に喝采を得られる道だからです。それは、いわゆる右派が仲間内で行っていることとほぼ変わりません。
さて、前回から考えてきた野党の合流は正しいのかという論点に立ち返って考えてみましょう。立憲民主党が結成された背景には、一時的な小池旋風による「排除の論理」が働いたことがあります。その結果、立憲民主党は外交安保リベラル(改憲賛成+安保法制容認の踏み絵を踏めなかった人びと)に偏ったという印象があります。内幕を考えるとそれほど単純な話でもないのですが、結果論から言って、民主党や民進党時代よりも外交安保でリベラル色が強まったことは確かです。
そうすると、あくまでも政権交代可能な野党を作るための価値観ブランディングという観点からは、合流は国民民主党にとってはリスクがあり、立憲民主党にとっては純粋にプラスであるということができるでしょう。立憲民主党は合流によって中道に翼を広げることができるが、経済政策と安全保障で中道リアリズムを目指そうとする国民民主党にとっては、その価値観が疑われる結果になるからです。国民民主党は、知名度の点でも選挙の強さでも立憲民主党には及びません。しかし、比較的固い地盤を持つ国民民主党の議員にとっては、立憲民主党が一国平和主義的な左派政党として次第にマージナライズされる方が得であるということになります。関西地方以外に広がりを見せてはいませんが、日本維新の会にとっても同じことです。
最後に、過去の教訓について振り返ることにしましょう。自民党が一部であるにせよ中央あるいは地方で権力を失ったのは、細川政権、民主党政権、維新ムーブメント、小池旋風のときの4回です。いずれも「改革保守」イメージがついた勢力に負けたのであり、民主党は2009年に、勘違いも含めて中道リアリズムの票を取れたことが政権奪取のカギでした。
世の中は、民主党の失敗についてばかり分析する傾向にあります。ですが、政権を取りたいならば、もっと民主党の成功について分析する努力が必要でしょう。日本における政権交代のカギは、議員の数による連合ではありません。明確なメッセージを発することのできる勢力が、有権者の価値観とあった方向性を打ち出した時に、政権交代が起きるのです。
安易なファンサービスを乗り越えてその道を歩めるかどうかは、政権交代ごっこをしたいのか、政権交代をしたいのかの差であるといえるのかもしれません。
文藝春秋digital【分断と対立の時代の政治入門】2020/1/27掲載