連載・寄稿

2021.02.01 News 連載・寄稿

「トランプ政権とバイデン政権 『外交安保』は何が変わるか」

日本人の価値観をめぐる連載、第54回のテーマは「トランプ政権とバイデン政権 『外交安保』は何が変わるか」です。

バイデン政権が成立して10日余りがたちました。バイデン政権は内政を重視せざるを得ない事情を抱えていますが、外交面で言えば、トランプ政権からの転換が際立つであろう環境政策以外に、対中政策をどうするのかが注目されていました。現状では、中国に対する態度に関してはメッセージ性に苦心しているようです。

まずバイデン政権は、中国政府のウイグル人に対する「ジェノサイド」認定を退任間際に行ったトランプ政権から継承しました。90年代にはジェノサイド認定はすなわち「放置できないから軍事介入せざるを得ない」ということを示していましたから、この言葉が軽くなったことには隔世の感がありますが、まあ想定通りと言えば想定通りでしょう。トランプ政権よりも洗練された態度で、同盟国に対する協調路線をとりつつも「言葉によるエスカレーション」の本質の部分は維持継承したということになります。

一方で、ホワイトハウスのサキ報道官が会見で質問に答え、中国に関して「忍耐」という言葉を使ったことは話題となりました。この言葉は容易にオバマ政権下での「戦略的忍耐」を想起させるからです。サキ報道官は、中国との戦略的競争関係は21世紀を定義するような事象だとしたうえで、このような問題は長期的に続くトレンドであるため戦略的忍耐をもってこの問題に取り組まなければならないという趣旨の発言をしました。ここでは、中国が内外に対して専制的かつアグレッシブになっているという認識が提示されており、新たなアプローチが必要だということが述べられており、要はまだ時間が必要だということを示しているにすぎません。

しかし、オバマ政権が「戦略的忍耐」という用語を「きちんと対処しない」ことの正当化に使った印象は否めず、中国の脅威に着目する人の中からは、やはりトランプ政権の立場からの後退ではないかという見方が出ています。

与党から野党へと政権交代する中で、前任者の積み上げてきたことの全否定から入るのは当然です。それは良いとか悪いとかいう次元を超えて、「そういうもの」なのであり、いかんともしがたいところがあります。しかしその全否定のレトリックを超えたところに、情勢認識と対抗手段が限られているということの認識があるかという点が重要となります。

この場合、オバマ政権からトランプ政権にかけての外交安保上の変化は何であり、トランプ政権からバイデン政権への移行における変化は何なのかをしっかりと炙り出しておく必要があります。

トランプ外交を考えるにあたってもっとも重要な観点は「アメリカ一国が平和であればよい」という考え方でしょう。これは民主党オバマ政権の否定にとどまらず、2001年同時多発テロをきっかけに始まった対テロ戦争そのものから撤退するということです。長引く戦争で疲弊し、中国の脅威に気づかないままにひたすら遠い地域に介入を続けてきたことへのいら立ちが背景にあります。

同時に、トランプ外交を貫いていたのは経済中心の発想です。それは人権や民主主義よりも、そして安全保障よりも、経済覇権を最後まで手放さないという形で表明されてきました。

具体的な戦術における特徴としては、いわゆる「マッドマン(狂人)アプローチ」が挙げられるでしょう。これは中国との貿易戦争を開始しただけでなく、北朝鮮に対しても発揮されました。トランプ氏は何をするかわからない、だから、今のうちに北朝鮮の側から融和すべきだというロジックです。基本的には、北朝鮮と金一族が世界に対して行ってきた論理を反対に突き付けたものとして理解できます。

トランプ氏が「素人的」で、乱暴であることは識者の一致するところです。一方で、彼の脅しにはいかにも中身がないと感じられる部分もありました。

政権を通じて総合的にみた時、トランプ氏が成功したのはいずれも「飴と鞭」の使い分けが上手かった分野です。その典型例がイスラエルを中心とした形での「中東和平」です。中東は、米国が第二次レバノン戦争への介入をきっかけに、つまりある意味偶然、直接介入することを迫られた地域でした。米国にとっての中東の重要性はしかし、エネルギー分野におけるシェールガス・シェールオイル革命によって低下します。また、オスロ合意後にパレスチナとイスラエルの関係は大きく変化し、第二次インティファーダ後はむしろかつてのような「中東和平」の実現は不可能であるかに見えていました。そこで、トランプ政権は中東和平の定義をイスラエル優位にずらし、イスラエルを中心とした国家間の和平に読み替えたわけです。そこにおいてはUAEなどアラブ諸国に対する飴と鞭と同時に、イスラエルに対する飴と鞭も機能していました。

一方で、北朝鮮に関しては事実上の核保有国化という深刻な現実を前に、信ぴょう性のある先制攻撃の脅しで鞭を振るったものの、飴について自分たち自身の認識を発展させられなかった。その間、韓国は米朝双方の期待値を混乱させる役回りを果たします。しかも、韓国も日本も米国の同盟国である地域アクターは北朝鮮からの攻撃に脆弱であるため、軍事的エスカレーションは望まない傾向にある。米本土を射程に収める形での核兵器の実戦配備は絶対に許さないという一点を除き、トランプ政権は北朝鮮問題に対する関心がそこまで高くなかった。そのために両国の合意なるものはうやむやになってしまいます。そうした態度は、熱戦にならない限りは捨て置くというこれまでの米国の態度と変わりがありません。あとに残ったのは、北朝鮮が事実上の核保有国としてインド・パキスタン並みの待遇を受けるかもしれない可能性に道を開いたという事実。米朝首脳が直接対話したという歴史の一つの積み重ねでしょう。

トランプ政権が行ってきた攻撃は基本的にはプロが判断した必要な攻撃であり、代表格がシリアのアサド政権による化学兵器使用に対する懲罰的ミサイル攻撃です。この攻撃はロシアを巻き込まないように細心の注意を払って実施されました。あくまでも化学兵器使用のハードルを下げたことへの懲罰であり、シリアの状況を根源的に改善するためのコミットメントではなかったからです。

アフガニスタン戦争からは、戦争の「アフガニスタン化」をはかるとともに撤退に向けてタリバン勢力と交渉を続けてきました。「アフガニスタン化」(もちろんベトナム化のもじりです)の本質は、名誉ある撤退を実現するために、それまでに攻勢をかけるなというところにありますから、どんなに交渉をしても戦後の平和は確証がありません。米国の撤退のあとの運命はアフガニスタン国内の勢力バランスにかかっているわけです。

北朝鮮への先制攻撃の脅しの深刻さとならんで、もうひとつ、エスカレーションの現実的な懸念があったポイントは、昨年はじめに起きたソレイマニ司令官殺害事件でした。米国がイランの革命防衛隊の国外における軍事工作の責任者であった司令官をドローン攻撃によって暗殺したのです。

ソレイマニ司令官は、テロを含む軍事力行使の責任者であったわけですから、国家を背景とする「テロリスト」であったという評価は正当でしょう。しかし、それに対して公式に暗殺を試みるというのは、今までの米国のやり方から大きく一歩踏み出すものです。ソレイマニ氏が同時にイランという国の要人であったことも事実なのですから。国際法的には自衛権の範囲内として構成可能であったとしても、米国の国内法の問題として、他国の要人の暗殺に対する事前の手続きが適切かという点はまったく別の論点であり、このような注目されるケースを除いて公表されない、オバマ政権下で急増したとされる隠密の「標的殺害」の問題点を浮かび上がらせたと言えます。

しかし、より喫緊の問題は、この場合ソレイマニ氏は非国家主体ではなく、十分な地域大国であるイランの要人であり、正面から殺害し、それを公表することは、国家間戦争へのエスカレートの危険を呼ぶという点でした。きわめて高リスクな政策であったと批判せざるを得ないでしょう。

もちろん、その裏にはトランプ政権の外交政策におけるある種の「癖」、一貫した傾向のようなものも見て取れます。それは、現状維持よりも現状打破を模索するという傾向、さらには敵味方を厳しく峻別し、敵に対してよりダメージを与えようとするという傾向です。前者に関しては、米中貿易紛争がその代表例ですが、安全保障が関わるところで現状打破を目指した例が、イスラエル中心の中東和平、北朝鮮への先制攻撃の脅しと融和、イラン核合意破棄とこの殺害でした。

中国に関しては、オバマ政権が後半に認識を転換させながらも先延ばしにしてきた課題にいささかファナティックな形で取り組み、技術覇権と経済覇権をめぐる競争を激化させました。中東和平に関しては、実際に支配力を持つイスラエル寄りに事態を動かすことでパレスチナ側を譲歩させ、中東和平を実現しようというクシュナー氏の構想は、アラブ諸国との国家間の平和へと向かったわけですし、あくまでも関心の低い北朝鮮に関しては国家間関係の正常化のために制裁を緩和するほどのメリットを見出せなかった。イランに対しては、圧力を強めることで追加的な果実は得られなかった。イラン政府は厳しい制裁に耐えつつ合意破棄をウラン濃縮のプロセスを進める理由としても利用したし、米国で2021年に民主党が政権を獲る方に賭けたということでしょう。

つまり、トランプ政権は現状打破の傾向があったが、大きな意味での友敵の認識を変えたわけではなく、その戦術において変わっていたということです。

しかし、トランプ政権がリベラルな国際秩序にダメージを与えたことは言うまでもなく、むしろそこにこそトランプ氏の特徴があるのではないかというご指摘もあるでしょう。そこで、次回はトランプ政権の孤立主義がどのような発想に支えられていたのか、そこにおけるアマチュアリズムとは何であったのかを考えたいと思います。

文藝春秋digital【分断と対立の時代の政治入門】2021/2/1掲載

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