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2021.02.15 News お知らせ

「『トランプ流孤立主義』とは何だったか(2)」

日本人の価値観をめぐる連載、第56回のテーマは「『トランプ流孤立主義』とは何だったか(2)」です。

 

トランプ外交の政策を貫く発想は、短期的、直截的に国益を定義することでした。そこには、自由陣営を守る、あるいは、米帝国の長期的な影響力を守るという発想は希薄です。目の前にある貿易赤字を減らすか、米軍の駐留に対していくらカネを出すか、そして、米本土の短期的な平和は保たれるかが重要となった。

その傾向は過去10年くらいの米外交において次第に特徴的になってきたものです。オバマ政権が、レッドラインと主張しておきながらシリアを見捨てたとき、オバマ政権が使ったレトリックは巧みだったかもしれないけれど、本音はトランプ政権とたいして変わらなかったようにも思います。

「リベラル国際協調主義」に着目した場合、彼らは00年代のブッシュ(子)政権の単独行動主義によっていったん否定され、オバマ時代にレトリック上は維持されたものの、トランプ政権では戦争の負の遺産から撤退するという意味において、二重に否定されたわけです。

もちろん、そのような概念の次元ではないレベルの話も存在します。

NATO諸国に対して防衛義務の確証と引き換えに負担増を求めたり、かつての中核的な西側同盟諸国ではないお仲間と仲良くしたり。それらの行動はリベラルな国際協調主義を傷つけた。トランプは独裁者との方が気が合うと揶揄されることもたびたびでした。スタイルやメッセージは重要です。しかし、ここで私が指摘したいのは、スタイルよりもっと根深い問題がそこには存在したということです。

それは、米国の根本的な世界観の変容です。逆説的ですが、中国の台頭によってかつての冷戦が本当に終結したということがはじめて頭に「キックイン」したのです。90年代には「冷戦への勝利」として語られたものが実はそうでもなかったかもしれない、という疑い。冷戦に勝利したのではなくて、同盟国の甘えを放置し、かつ中国を利してきたのではないか、という疑い。米国の新たな孤立主義とは、かつてのような欧州に対する不介入主義とは異なって、頂点に立って満身創痍となった者だけが感じる孤立感情なのです。
したがって、新たな孤立主義は米国が時折振り子のように振れる孤立主義的感情の反映であると同時に、頂点から転落する前としての特異性を秘めています。「アメリカの世紀」という物語を獲得した後の主導権の放棄は、物語を作っていく過程での躊躇いや疑いとは本質において性質が異なるからです。

トランプ政権は価値相対主義的な肉体と精神に、声高な主張の衣をまとわせた政権でした。彼らは国民感情に基づいてISISを米国の一番の脅威と位置づけ、反イスラム原理主義をアメリカ・ファーストの政策を実現するための国内政治に利用しました。実際にそれと戦うことよりも、ロジックとしての反イスラム原理主義が重要だったのです。

イラク戦争という失敗があり、そこからの急速な撤退と権力の空白という失敗があり、ISISは生まれた。しかも、彼らは残虐な方法で米国人をはじめとする欧米人を殺しているではないかという語り口です。欧米のリベラル系メディアは、トランプ政権の排外主義的な政策がISISをはじめとするジハード主義者に格好の宣伝材料を提供していると非難しましたが、実は、この論理は逆方向にも働きます。トランプ政権をはじめとする排外主義的なポピュリスト政権の誕生においては、ジハード主義に付随するメディアのセンセーショナリズムが民衆の恐怖と不安を高めることが不可欠の要素となっていたからです。

トランプ政権の対外政策におけるアマチュアリズムは、したがって、2通りに解釈することができます。一つは、旧い知恵に基づくよりも現状打破を目指す性質、もう一つは、民衆感情を優先しそれを利用するポピュリズムとしての性質です。

トランプ政権が対外政策において現状打破志向をとったことには、良い面と悪い面の双方がありました。良い面は、いくつかの貿易交渉やアブラハム合意のように実際にそれで物事が動いた部分もあるということ。悪い面は、現状維持によるメリットを手放したことです。

現状打破勢力が必ずよりよい状況を手にできるとは限りません。現状維持は現状維持ゆえの「悪」を伴いますが、それによって得るものもあるからです。しかし、トランプ政権の「現状打破」とはパフォーマンスの部分を除けば、比較的地域大国に任せる方向で進んでいったため、中国との軍事的な対峙を除けば価値相対主義的な力の均衡に基づく落としどころが選ばれたと考えることができます。シリア問題がその典型でしょう。

米軍をシリア北部から撤退させ、トルコのエルドアン大統領にシリア領内への侵攻を事実上許したことはそれを象徴する事件でした。この件に関して、トルコにはトルコの理屈があるわけですが、その域内大国の論理に任せたという事実が、撤退する帝国の本質を表しているように思います。

もう一つの民衆感情を優先するポピュリズムは、冷戦という対外政策を聖域とする例外主義を支えるロジックの終焉に基づいて生じた事象です。米国の安全保障コミュニティは、めちゃくちゃなやり方が進んでしまった国内政治の非エスタブリッシュメント化に比べれば、まだ専門性に基づく聖域が保たれている分野ですが、それでもトランプ政権下で帝国の手じまいが進んだ部分は大きいでしょう。今後、米国でかつての反共感情に匹敵する対中脅威認識が浸透していく可能性はさほどでもないように私は思うのですが、ずっと先の未来は分かりません。今言えるのは、民主党の選挙運動を見ても、有権者は現在のところほとんど対外政策に関する関心を有していないということでしょう。

新たな孤立主義。それは米国の大衆が求めたものであり、冷戦の終結が時差でもたらした必然的な結果である、ということです。

 

文藝春秋digital【分断と対立の時代の政治入門】2021/2/15掲載