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感染症としての新型コロナウイル三つのシナリオ表紙

2020.06.23 News お知らせ

「新型コロナ“第二波”に備える『3つの感染シナリオ』」

日本人の価値観をめぐる連載、第32回のテーマは「新型コロナ“第二波”に備える『3つの感染シナリオ』」です。

前回は、緊急事態宣言下の人びとの生活についての調査結果をご紹介しました。罰則規定がないにもかかわらず、ひとたび要請が出されると日本人は非常に高いレベルで行動を抑制したことがわかりました。それ自体は、日本人の協力度の高さを示すものと言えるでしょう。しかし、第二波を想定するならば、第一波への対応がこれでよかったのかという検証も同時にやっておくことが必要です。緊急事態宣言下で行われた休業要請の効果、行動抑制の効果はきちんと検証しなければなりませんし、そこにおけるダメージも定量化して示せるところは示さなければいけません。今後の議論の方向性としては、感染症そのものに関する新たな知見、経済や社会生活に生じたダメージに関する知見、の双方を踏まえて、対応を検討するべきでしょう。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて緊急事態宣言が発令されると、各都道府県では独自の休業要請を行いました。休業協力金などを得た事業者も存在しますが、自粛が経済に与えた影響はすさまじいもので、様々な経済セクターや、一部の家計には痛みが生じています。しかし、前回に述べたように、人々の新型コロナウイルスに対する恐怖感は容易には変わらず、経済的ダメージに対する感度はウイルスの恐怖に対する感度よりも低くなる傾向にあります。感染症の恐怖と経済的ダメージとが二項対立的に対置されている以上は、後者に対する想像力が働かない結果として、どこまでも「安心」を追求する風潮が生まれてしまい、気づけば感染症そのものよりも大きな被害が広がっていたということになりかねません。

山猫総研が一般財団法人創発プラットフォームと行った新型コロナウイルスに対する第2回目の調査では、休業要請をはじめとする政策について、意見を尋ねました。そこでは、休業要請と失業の関係については次のような質問をしたうえで回答選択肢を選んでもらいました。

Q:新型コロナウイルスによる自粛の影響で、4月に失業した人は6万人に上りました。休業している人(無給、減給を含む)は、昨年の4月に比べて500万人増えています。この500万人のうち相当数が、失業予備軍であると言われています。あなたの考えにもっとも近いものをお選びください。

すると、休業要請によって生じた失業について、致し方なかったとする意見が過半数を占め、休業要請を出すべきでなかったと答えた人は5%未満にとどまり、休業要請の対象をもっと狭くすべきだったと考える人は2割に届きませんでした。

しかし、休業要請の副作用を意識した結果として意識に変化も生じてきています。第1回、第2回調査では同様に、「新型コロナウイルスによる死者を減らすため、どれだけ経済に影響を与えても構わないと思うか」について聞いていますが、下のグラフに見られるように、感染症に関してゼロリスクに近い立場を志向する人は22ポイント減っています。

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相変わらず8割の人が健康不安を抱えているにもかかわらず、経済における影響の深刻さとのバランスを考えて行うべきだとする意見が半数を占めるに至ったことは、いわゆる経済死について認識がだんだんと広まりつつあることが原因であると考えられます。経済で失われる命も新型コロナウイルスで失われる命も等価であるというのは当たり前のことですが、経済的ダメージの実態とそれによって増える自殺者の想定などの情報が少しずつ得られるようになったのかもしれません。しかし、新型コロナウイルスが人びとに与えている強い恐怖を考えると、今後第二波が到来した時に同じような世論が維持されるかどうかは未知数です。

そこで、人々に最新の抗体検査の結果、新型コロナウイルスの致死率は大幅に下がる見込みであることを伝えて意見を聞いたところ、脅威は低下したと答える人が4割弱になった一方で、5割弱の人が脅威は変わらないと答えました。新型コロナウイルスができればかかりたくない病気であることは論を俟ちませんが、合理的水準としての客観的な安全ではなく、安心を求める世論が強くなれば、さまざまな弊害を生みかねません。

これまで、メディアは連日新規感染者数を発表し、40人を上回るのは何日ぶりの水準である、といったたぐいの意味合いの取りにくい報道をしてきました。けれども、それでは新たに感染者が出たこと自体が恐怖を呼び起こすだけで、新型コロナウイルスがほかの感染症と比べてどれほど危険であり、どれほどの不確実性があるのかは伝わらない。その結果、新型コロナウイルスに罹患すること自体がスティグマであるかのような扱いをされており、深刻な社会的な差別まで呼び起こしています。

新型コロナウイルスについては、2月の時点からニューヨーク・タイムズ紙が以下のようなわかりやすいグラフを用いていました。縦軸は対数目盛で致死率を示しており、横軸は基本再生産数で感染力の強さを示しています。

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ピンク色で示された領域が、新型コロナウイルスの存在する可能性のある領域です。領域の左下には季節性のインフルエンザが、それよりももう少し致死率の高いところに新型インフルエンザが存在しています。致死率はそれよりも低いが、感染力が高い右下には人類社会がいま根絶に向かって努力しているポリオが存在します。上の領域には致死率が10%と高いSARS、スペイン風邪、エボラ出血熱、MERS、鳥インフルエンザなどが並んでおり、すでに根絶した天然痘が、致死率も感染力も高い病気として存在しています。

赤い点で示した通り、日本感染症学会が暫定的な仮定として置いた致死率2%は、上に示されているような猛毒性のウイルスよりも低い値ですが、いまではPCR検査や抗体検査が各国で広がった結果として、それよりももっとずっと下がることが見込まれています。日本における抗体検査はまだまだこれからですが、厚労省が5月に取りまとめた抗体検査では、東京都の陽性率が0.6%であり、6月に行った抗体検査では東京都で0.1%、大阪府で0.17%、宮城県で0.03%でした。東京大学先端研等の共同研究チームが2回にわたって行った抗体検査の結果は、東京都で0.7%が陽性でした。医療関係者の中には、各国の検査結果から致死率は0.2~0.5%程度であろうという推測があります(徳田均「新型コロナ、日本の低い死亡率は“幸運”だから?」『日経メディカル』2020年6月16日)。すると、縦軸の致死率に関しては2009年に流行した新型インフルエンザに近づいてきていることが分かります。では、新型コロナウイルスに関する新たな知見では、だいたい横軸のどこら辺に存在する可能性が高まってきているのでしょうか。同じグラフを用いて横軸に関する移動を見てみましょう。

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クラスター対策班の西浦博氏が、介入しなかった場合に42万人が死亡するという予測をメディアで打ち出したことは記憶に新しいのですが、このときに用いられていた基本再生産数は感染爆発を起こした欧州で仮定されていた数字、2.5でした。しかし、現実に観測された実効再生産数は3月末をピークに低下し、想定より低かったことが分かっています。

2009年の新型インフルエンザも当初、かなり高い基本再生産数が予想されていました。しかし、観測された実効再生産数は予想よりも低い数値にとどまったため、基本再生産数は、1.4~1.6であると考えられています。このように、基本再生産数はまだウイルスの感染力に関するデータが蓄積していく前に置く仮定の数字であり、後から修正されていくべきものであることは明らかです。

そこで、現在日本政府が新型コロナウイルスの感染力をどの程度に見積もっているのかが重要になってきます。政府の専門家会議は、4月1日の報告で1.4、1.7、2.0の三つの仮定を置き、それぞれの場合の感染の広がりを予測しています。現在は、新たに4、5月のデータが利用可能になってきたことから、政府は2.0という数値を中心にシミュレーションをするのではなく、中間値である1.7の数値でシミュレーションをする方向に向かっています。現に、6月19日に出された厚労省発表の「今後を見据えた新型コロナウイルス感染症の医療提供体制整備について」では、社会への協力要請前の実行再生産数の想定を1.7とおいています。なぜ1.4という楽観よりの数値を用いないのかといえば、おそらくそれはこの通達が医療リソースの拡充に主眼を置いたものだからでしょう。各自治体が悲観的シナリオに立って新型コロナウイルス患者用の医療リソースを準備するのは当然のことだからです。

したがって、新型コロナウイルスの存在可能性領域としては、縦軸の下方移動のみならず、横軸においても左移動がみられている、ということです。このままウイルスの変異などがなく推移すれば、致死率と感染力という2軸においては、新型コロナウイルスの客観的位置づけとしては新型インフルエンザの位置づけに限りなく近づく、ということでしょう。もちろん、専門家からは、ワクチンや特効薬がないということ、そして重症化患者の一部には後遺症が残る例が報告されていることから、純粋に致死率と感染力だけでウイルスの脅威は測れない、という意見が出ています。後遺症に関してはポリオも同じことです。このように2軸で比較することの意味は、対処方針を立て、厳密にリスクを比べるためには比較をしなければならず、シミュレーションをするにもこの2つの数値が重要である、という点につきます。

感染症については、確定的なことが言えないのは当たり前です。専門家ほど慎重であり、まだよくわからないことがある、と答えるものです。でも、それは仮定をおけないということではないはずです。感染症の広がりと、経済におけるダメージをつなげて議論し、双方のコストを「見える化」する作業を複数の分野の専門家が協同して行う必要があります。以下では、経済的ダメージのシナリオを算出するために三つの感染シナリオを出してみました。シナリオに用いた数値は、新型コロナウイルスの想定致死率(0.2~0.5%)、罹患者の想定重症化率2%、日本の人びとが最終的にこのウイルスに罹患する割合(数%台、1割、4割の3つのシナリオ)の3種です。

シナリオの中で最も争いがあるのが日本人の罹患率でしょう。日本人の新型コロナウイルスに対する感受性(日本人に抗体がほとんどない現時点では1と仮定されている)は不明ですが、国によって明らかに感染の広がりは違いがあり、アジア諸国は軒並み人口100万人当たりの死者数が少ない傾向にあります。欧州で最も行動制限が緩いスウェーデンのストックホルムの抗体保持率は14%(民間企業による5万人検査)、ロックダウンを行った米国NY市部で21.6%、NY州は13.4%(6月16日に州知事発表)、イタリアの最悪被害地ベルガモは57%であったと報告されており、高齢者が多く閉鎖された居住空間に多くの乗客が暮らしていたダイヤモンド・プリンセス号の罹患率は2割程度でした。だからこそ、ここでは三つのシナリオを置いています(2割とか15%を集団免疫の閾値と仮定してもよいのですが、経済的なダメージの差分を出すためには、3つのシナリオが大きく異なる方がよいと判断しました)。

・楽観シナリオ:第二波は到来しない。自然免疫や交差免疫を想定すると日本におけるCOVID-19の感受性は低く、経済活動を再開しても高齢者施設や病院で小規模なクラスターが発生するにとどまる。2020-2021年に超過死亡は発生せず、インフルエンザの流行年よりも全国の死者数は低下する。

・悲観シナリオ:今秋から冬にかけて第二波が到来する。秋から春にかけて2年間流行し、最終的に人口の1割=約1200万人が罹患して集団免疫に到達する。24万人が重症化し、2年かけて約2万4000~6万人がCOVID -19で亡くなる。インフルエンザ流行年の2~3倍の超過死亡が2年間にわたって発生する。重症化患者の一定数に後遺症が残る。

・最悪シナリオ:夏に第二波が到来、アジア地域の特異性は消失し、季節と関係なく多くの人が罹患し続け、1年半ほどで人口の4割=約4800万人が罹患して集団免疫に到達する。96万人が重症化し、約9万6000~24万人が死亡する。重症化患者の一定数に後遺症が残る

これらの三つのシナリオに合わせて、各専門家と協力しつつ経済的な予測を立てていこうと思います。その結果として、どのようにすれば新型コロナウイルスによる死者と経済死を減らすことができるかという点に議論を進めていくことができます。的を絞った介入が政府内でも検討されていることと思いますが、まずは「複数の」シナリオを立てることが重要です。次回は、現状のような経済や社会への介入を前提としたときに、感染拡大が経済に与える影響について分析したいと思います。

文藝春秋digital【分断と対立の時代の政治入門】2020/6/22掲載