連載・寄稿
2020.11.17 News 連載・寄稿
トランプは敗れたが、トランプイズムはつづく
バイデン氏が勝ったというよりもトランプ氏が負けた
バイデン前副大統領が激戦を制し、大統領選挙に勝利を収めた。と言っていいのだろう。激戦州で提起されている訴訟はトランプサイドが負け続けており、全部片づけてもトランプ大統領が逆転できる見通しはかなり低い。ここ2週間の混乱によって、米国の大統領選挙のマニアックな仕組みにまで関心が高まっているが、日本を含むG7諸国からも、トランプ政権に最も近かったイスラエルからもバイデン氏への祝意が送られており、とうとう中国も祝意を表明するなどバイデン政権誕生の既成事実が積みあがっている。
今回の選挙の性格は、バイデン氏が勝ったというよりはトランプ氏が負けたという要素が強い。本来弱い候補であったバイデン氏が勝利できたのは、トランプ氏が新型コロナウイルス問題で「負けた」からに他ならない。民主党が、ペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンなどの北部産業州を大接戦の末に奪還できたのは、バイデン氏という候補が保守的な白人有権者の間で嫌悪感を醸成しなかったというのが本当のところだろう。民主党支持者には目を背けたい真実だろうが、要は女性をトップに据えることに対する反感をまともに浴びなかったという点で、白人の高齢男性を候補に立てるメリットは確実にあったことになる。バイデン氏は、民主党であるにもかかわらず人種問題に関してとかく白人男性のエリート目線に立った失言が目だつ。ヒラリー氏のメール問題と同様、ウクライナ問題も存在する。だが、それらの点はヒラリー氏と比べれば問題視されにくかったのだ。トランプ現象に恐れをなした民主党やメディアが、前回の教訓を生かして一枚岩を演出したという要素も大きかっただろう。
バイデン氏は「私は全てのアメリカ人にとっての大統領になる」と述べ、「勝利演説」において国内の融和を強調した。自らの支持者に対しても、個人的にトランプ支持者の知り合いがいたら、ねぎらいの声掛けをするようにと促している。分断された国家の次期大統領が言うべきことをしっかり言っているという印象だ。ここはバイデン氏の温和な性格や苦労人としての積み重ねが生きているのだろう。もちろん、民主党内の言説が融和で統一されているわけではない。バイデン氏は民主党内の中道を代表する存在であり、民主党内の左派急進勢力に不満が鬱積していることは疑いがない。また、激戦を勝ち抜いたとはいえ、圧倒的な正統性を手にするほどの勝利ではなかったことも、バイデン氏が強い大統領にはなれないだろう理由の一つである。
次期副大統領ハリス氏
現在の民主党内の雰囲気を反映して、バイデン氏以上に注目を集めているのがハリス氏だ。初の女性マイノリティの副大統領を実現したことはもちろん歴史的な快挙である。また、ハリス氏の実績も実力も軽視すべきではない。彼女は、出身地のサンフランシスコの検事としてキャリアをスタートさせ、カリフォルニア州の司法長官、上院議員として頭角を現した。トランプ政権によるカバノー最高裁判事の任命にあたって、舌鋒鋭く過去の性的暴行疑惑を追及したことは記憶に新しい。民主党上院議員として大きな見せ場を作ったといえるだろう。2020年の大統領選挙においても、短期間ではあったが主要候補として躍り出るところまで行った。中道寄りのキャリアを歩みながら、大統領選挙では自らの女性とマイノリティという二重のマイノリティ性を生かしてプログレッシブ(革新系)にうまく歩み寄り、党内の目配りも効いている。苦労度合いや実績はヒラリー氏の方が勝ると思うが、まさにだからこそ副大統領として任命されたともいえよう。
バイデン氏は大統領就任時に78歳、4年後の再選をかけた戦いにおいては82歳である。トランプ氏も十分高齢だが、選挙中はバイデン氏の年齢を不安視する声も相当程度聞かれた。大統領の求心力に影響するのでおおっぴらには語られてはいないが、バイデン氏は2期目を目指さないのではないかという噂が絶えない。であれば、2024年のハリス氏の存在感は否応にも高まることになるだろう。今回の選挙からも明らかなように、副大統領というのは大統領を目指すうえでもっとも有利な立場だからだ。
共和党からすると、ハリス氏はもっとも敵対しやすいタイプに見えるだろう。「実力ではなく二重のマイノリティ性故に選ばれただけの存在ではないか」、「所詮、カリフォルニア州の恵まれた教養家庭に育ったエリートではないか」、「中道寄りと急進左派の間を行き来していて信用できない」・・・。ハリス氏をつぶすための運動は既に始まっている。彼女が大統領になれるかどうかは、当然のごとく飛んでくるその種の党派的な攻撃を一身に受けるトップの立場に立った時に、オバマ大統領やヒラリー氏のようにグラつかずに戦いつづけられるかにかかっているだろう。
共和党の闘い
共和党サイドに目を向けてみよう。トランプ陣営はなぜ敗北宣言を出さないのだろうか。まずひとつには選挙戦が終わっていないからだ。第一義的には、司法のプロセスを含めた手続きを重視するという姿勢である。トランプ陣営は多数の訴訟を提起している。さらには、年明けに行われるジョージア州の再選挙がある。ここで共和党が議席を得れば、上院は共和党が獲ることになる。その選挙に向けた熱を維持するためにも、共和党は不利でありながら一歩も攻撃を緩めないのである。だから、遠く離れた国の我々としては今後の帰趨を見守るしかない。中長期的な視点で言うと、2022年や2024年に向けた戦いが既に始まっているということでもある。
重要なのは、この間も共和党の多くはトランプ氏を見放していないことである。ペンス副大統領、マコネル上院院内総務、グラム上院司法委員会委員長などのキーマンは軒並みトランプ大統領の行動を支持している。トランプ大統領のSNSでの度重なる「俺は勝った!」「不正選挙だ!」などとするツイートや、こうした共和党の大物たちの言動を往生際が悪いと評することはもちろん可能なのだが、彼らは感情論だけでこうした行動をとっているわけではなかろう。バイデン政権を痛めつけ続け、中間選挙でさらに勝ちを取りに行く。米国の民主主義にとって望ましいことではないのだが、バイデン政権を弱い政権としつつ2024年に政権を奪取するための戦略としては合理的だからだ。
ペンス副大統領は共和党のキーマンだし、マコネル上院院内総務は上院での過半数維持を重視している。共和党の党派的な思惑としては、今般の選挙にただ負けたということではなく、そこには何等かのアンフェアな要素があったのだとする方が次回以降の選挙において支持者を動員しやすいという側面がある。共和党サイドは、今後行われるジョージア州の再選挙を見越して党内の結束を高める必要がある。グラム司法委員長はリベラル陣営の標的になったことで、自身の上院選でも苦戦を強いられた。
共和党にとってのトランプ政権の最大のレガシーの一つは、最高裁判事を含む司法分野の任命を進めたことであろう。共和党が上院の多数を維持する限り、その流れは変わらない。要は、2020年の大統領選がどのように落着するかとは別に、次の戦いは始まっているということである。
大統領職、つまり大統領その人ではなく「オフィス」を重んじる気風がトランプ大統領個人の言動によって著しく毀損されたことは間違いない。ただし、トランプ氏がもたらした政治運動を論じるうえではメディアや識者が陥りがちな罠にはまらないように心する必要がある。2016年にメディアがトランプ現象の本質を見誤った構図と同じだ。分析にあたっては、個人の個性や資質の問題と、現象とをしっかり分けて考えねばならないということである。2016年の大統領選の選挙戦を通じて筆者が書いてきたように、トランプ現象の本質とは「保守的なレトリックで中道の経済政策を語ること」に尽きる。そこにヘイトや差別が伴っていたことは見逃せないが、何に基づいて票を得たかということを考えれば、現象の核心とはいえない。今回の選挙戦もそうだが、善対悪の構図にしてしまった瞬間に見失われるものがあるのではないか、ということだ。
トランプイズムは残存する
2020年の選挙の最大の総括は、トランプイズムは存続するということだろう。大統領選において、トランプ氏は獲得票数においても、獲得選挙人においても善戦している。上院は共和党が多数を維持する可能性が高く、下院でも実は共和党が勢力を伸ばしている。トランプ政権のレガシーとして司法分野の保守優位は、一世代は持続するだろう。
米国の選挙は人種によって投票行動が大きく異なる。これまでの選挙においても、民主vs共和は、白人においては40対60、黒人では90/10、ヒスパニックでは70/30で、ほぼ安定していた。まだデータが出揃っていないが、CNNの出口調査によれば、今回トランプ氏はヒスパニック票を前回よりも4ポイント多く、32%を押さえたのではないかと言われている。共和党に入るヒスパニック票の増加傾向に着目すべきだろう。トランプ氏が接戦を制したフロリダのヒスパニック票に関しては47%と半数近くを獲得している。トランプ氏は、白人の民主党員よりも社会的に保守的な考えを抱きがちな黒人男性有権者についても得票を伸ばし、19%程度獲ったと見積もられている。トレンドは明白である。
つまり、米国社会では人種だけでなく社会的価値観がより重要な局面に入ってきたということだ。そもそもヒスパニック票と言っても一口には語れず、白人アイデンティティを有している者からそうでないものまでいるし、出身ルーツもさまざまである。キューバ系とメキシコ系では人種に対する考え方も、経済に対する考え方も全く異なる。白人有権者が過半数を占められなくなったとしても、実態として白人アイデンティティを持つヒスパニック票に期待できるのであれば、共和党の長期的凋落傾向には歯止めがかかる可能性がある。この傾向を通じて、毎回激戦となるフロリダは共和党が取り、一時は危ぶまれたテキサス州も共和党が維持した。ヒスパニックは、もっとも人口比の成長率が高いマイノリティであるから、次回以降、仮にヒスパニック票が50/50に近づくようなことがあれば、選挙の構造がまったく違ってくることになる。
先に述べたように、トランプイズムとは、その本質において、保守的なレトリックで中道の経済政策を語ることである。共和党が経済的に中道に接近しつつ、社会保守を獲りに行くということ自体は彼らにとって合理的な選択だ。2016年はそれが白人労働者だった。2020年以降はヒスパニック票がそれに加わった。トランプ政権は中間層への給付のカットには極めて慎重であった。コロナ経済危機においても、米国は各国と遜色のない給付の大盤振る舞いをしている。従来的な共和党の発想にはなかったものだ。
トランプ政権のグローバリゼーションへの懐疑や中国への強硬姿勢は、その「中道の経済政策」が国際分野に照射されたものの一貫として理解されるべきだろう。そして、国民に対する一定の「給付」にコミットする以上は、国民というメンバーシップの問題が論点になるのは必定だ。
トランプ大統領が不法移民に対して厳しい態度で臨んだことは、まさにその経済中道路線への旋回とリンクしていたことになる。今回のヒスパニック票の推移を見れば、トランプイズムへの評価は決して低くない。メディアは、ポリティカル・コレクトネスへの嫌悪、エスタブリッシュメントへの嫌悪からくるトランプ氏の突拍子もない行動を過剰に報道する傾向があるが、おそらく本質はそこではないということだ。2024年以降、トランプイズムを担う存在は誰なのか、その戦いは既に始まっている。
(初出「論座」、2020年11月17日脱稿)