連載・寄稿
2019.09.07 News 連載・寄稿
誰がれいわを支持したのか、自民党支持層は誰なのか――2019年参院選調査分析
立憲民主党と国民民主党が衆参両院で統一会派を組みました。残る無所属の人びとの今後の身の振り方も注目されますが、7月の参院選の結果を踏まえ、まずは国会で協働しつつ次期衆院選での現実的な戦い方を考えているものと思われます。最大野党である立憲民主党は危機感を覚えたのでしょう。選挙戦が盛り上がらない一方で、2議席を得たれいわ新選組が野党に満足しない現状批判勢力の受け皿として注目され、マスコミの話題をさらったからです。一方で、報道はすでに野党をめぐる話から内閣改造に移っています。
参院選前は情勢報道が賑わい、選挙後には勝ち負けや政局報道が盛んになる。こういう時だからこそ、冷静に選挙と日本人を分析してみるべきではないでしょうか、本稿が取り上げるテーマは二つ、れいわ新選組に投票した人は一体どのような人たちであり何が動機だったのかと、自民党とその批判者たちとのあいだの最大の価値観の違いは何であり、結局日本人は何を巡って争っているのか、という問いです。そこから見えてくるのは、日本社会の姿そのものです。
れいわ支持者の横顔
れいわ新選組が注目された一番の理由は、主張がはっきりしていることでした。例えば消費税増税反対だけでなく、廃止とか、あるいは原発ゼロをめぐるスタンスです。いずれも生活者が実感しやすい問題であり、野党政治家の中からは、そこを捉まえて「うちももう少し(実現可能性はともかくとして)はっきりポジションをとったり、分かりやすさを重視すればよかった…」という反省の弁もちらほらと聞かれました。しかし、こうした感想はあくまでも目先のコミュニケーションや広報戦略のみを問題としています。ここで押さえておくべきは、やはり最大の得票をした野党は立憲民主党であり、その選挙戦略に改めるべき点は多々あれど、たった2議席しか獲得しなかったれいわ新選組を羨む理由はない、ということです。
弊社(山猫総合研究所)では参院選後に詳細な意識調査を行いました(日本人価値観調査2019 )。そこで見えてきたのは、れいわ新選組に投票した人の傾向です。れいわ新選組の比例代表に投票した人数は全回答者の3.6%でした。この人数ですと、統計分析上数値化することが適当な数ではありません。そこで、一人一人、回答者の傾向を見ていきましょう。れいわ投票者の横顔を分析すると、学歴は他とさほど変わりませんが、所得で見ると、ごく低所得の家庭とアッパーミドル家庭(世帯年収700万~1000万円)が同居しています。
アッパーミドル家庭の投票者は、選挙区では共産党に投票する傾向がありました。すなわち、彼らは政策思想・イデオロギーで選んでおり、より急進的と思われたれいわ新選組に比例区で票を投じたものと思われます。それに対し、低所得家庭の投票者の選挙区での投票先はばらけています。目立つのは立憲・国民ですが、共産・N国・自民と多様です。全般的な思想傾向としては左寄りですが、単純に左派とも言い切れないのは、このように自民党やN国にも入れるという投票行動が低所得家庭の一部には見られるからです。ここでは、イデオロギーよりもスタイルが支持された可能性があります。
より重要なのは、彼らの持つ価値観です。本調査は、選挙の投票行動と共に多様な価値観を聞いています。日本人の価値観を焙り出すことが本来の目的だからです。れいわ投票者のうち、実に72%が変革を切望しており、80%が強いリーダーを望んだほか、91%が日本は間違った方向に行っていると回答しました。これは、日本人全体の平均からみて著しく高いといえます。
他の価値観を見ますと、外交安保に関しては典型的な護憲左派の特徴を有しますが、中国に対しては危機感があることが目立ちます。韓国に対しては全国平均よりもいくらか融和的です。他方、テロ対策強化には過半数が同意し、豪州と英国との同盟締結に親和的であるなど、安保イデオロギーが「護憲」や「集団的自衛権」「同盟強化」反対にとどまっていることが窺えました。れいわ支持者の外交安保政策での護憲左派的価値観は明らかですが、それが運動の熱量の核となっている感じはしません。重要なのは現状否定のエネルギーの強さであり、既得権打破やそのために強いリーダーを待望する気持ちが極めて強いという特徴の方です。
れいわ新選組は立憲民主党と国民民主党と共産党から票を奪いました。その原動力は政治不信、メディア不信、エリート社会全般に対する不信感であり、低所得家庭とアッパーミドルのなかの急進派から生じたエスタブリッシュメント批判だったといってよいでしょう。れいわ新選組を支持した人の一部には、イデオロギー上の純粋な理念が存在しますが、エスタブリッシュメント批判や現状否定の動機には、おそらく一貫性のある政策志向が存在するわけではありません。
自民党支持者の横顔
では、自民党支持者は既得権バリバリのエリートの大企業正社員ばかりが集まっているのでしょうか。そうではありません。そもそも、自民党支持と不支持を分けているのは、所得でもなければ学歴でもありません。自民党は階級政党ではないからです。正社員・正職員比率のみ、自民党は若干高まりますが、政党支持で言えば自民党を高く評価する人と低く評価する人のあいだの正社員比率の差は8ポイントであり、大して大きな差ではありません。自民党支持不支持を分ける最大の点は、階級ではなく、いまだに憲法・安保です。この点、自民党の支持母体である中小企業、自営業、農業従事者などの層と自民党に投票している有権者を混同せずに理解する必要があります。いまや日本の最大の支持政党は「無党派」であり、政党の後援組織に組み込まれていない有権者の動向を理解する方が本質的に重要なことだからです。
自民党を高く評価する人々は、どのような価値観を持っているのでしょうか。文化的な傾向の感想は巷に多く出回っています。そもそもこれほど自民党に支持が集まっている理由は何なのか。日本人には特定の権力寄りの傾向があるのか。「ヤンキー」と言う言葉を用いて現政権を表現しようとする人もいますし、以前、「B層の研究」などが取りざたされたことで、いわゆる情報弱者の層に食い込もうとする戦略があるのではないかとも言われました。参院選の前のVIVIの広告企画として行われた啓蒙キャンペーンをめぐっても同様のことが言われました。しかし、それが政治の非エリート化を指しているのであれば、それはどの政党においても見られる傾向です。その典型が、具体的な政策よりも「頑張る非正規」のイメージを前面に打ち出したかつての民主党の選挙CMであり、いまの立憲民主党の若者を意識したポスターであり、共産党の女性や若者向けのWeb広告です。そして、その局地ともいえるのが非エスタブリッシュメント性を打ち出しているれいわ新選組の選挙スタイルでしょう。
ここで気を付けなければならないのは、現政権をおかしいと思う人が自然に現状肯定型の非エリート訴求力の高いものを「情弱向け」とレッテル張りし、現政権批判を行う政党の非エリート訴求力が高いものを「目覚めた人びと向け」とレッテル張りしている可能性です。
現状を肯定するのか否定するのかは、自民党支持・不支持を分ける大きな要素ではあります。しかし、その他の価値観などもしっかりと見なければ、何をもって政治的なるものに、あるいは正義に「目覚めている」と考えるべきなのかは定まりません。そのような「分析」は単なる好き嫌いに基づく印象論にすぎません。
では、自民党を高く評価する人から、全く評価しない人まで四段階に分けたうえで、それぞれの層によってどれほど価値観の違いがあるのかを、外交安保政策、経済政策、社会政策、女性問題、一般的価値観の5つに分けて見て見ましょう。そこで気が付くのは、自民党を高く評価する層と全く評価しない層で最も異なるのは、外交安保政策のうち憲法9条改正と集団的自衛権、同盟強化の必要性であり、経済政策のうち経済成長をどれほど重視するかであるということです。財政規律をめぐる価値観は開いてはいますが、日本人はそもそも財政規律をさほど気にしていません。社会政策では、原発政策の現状維持を肯定するか否定するかで大きく分かれていますが、女性問題では価値観にほぼ差が見られないと言ってもいいくらいです。
日本を分断するのは二つの要素
つまり、一般的に「日本は正しい方向に向かっている」とか「世界から尊敬されている」といった設問への評価、つまり現状肯定感情と現状否定感情の表れでしかない価値観を別にすれば、日本の有権者を分断するものは徹頭徹尾、安保と憲法をめぐる価値観と経済成長と分配をめぐる価値観なのです。前者は日本特有のものであり、後者は諸外国で一般的な経済政策の左右対立です。現状肯定感情とは、政権支持につながる原因でもあり結果でもあります。互いに相関してしまっている以上、見るべきはやはり価値観の差でしょう。
安保・憲法、経済成長/分配以外の価値観の多くの部分については国民の共通了解が成立しており、国民を分断していません。自民党は社会政策において保守的だと思われていますが、日本人の価値観自体が、女性問題に関してはかなりの程度収斂していることを知るべきでしょう。税負担をめぐる問題でも、外国人労働者や観光客の受け入れや、はてまた日韓問題、中国の脅威といった論点でも認識ギャップはあまりありません。自民党や安倍政権を批判する人がよく引き合いに出す「自己責任論」も、実は社会全体に共有されている態度であって、政党支持層によってそれほど差のある態度は生まれないのです。さらに、小泉改革の時に用いられた「民間にできることは民間に任せよう」という表現も、党派を超えて定着していることを見て取ることができました。メディアの報道とは異なり、小泉改革の精神は日本社会に根付いています。
巷で言われているほど、日本社会に価値観の開きは大きくないのです。日本の進歩は、徐々に世論が変わるという形で訪れてきました。例えば、女性問題で特徴的だったのは、セクハラ問題はすでに解決済みだと答えた人が、自民党を高く評価する層では皆無だったこと。むしろ、問題の所在は認めながらも社会変革に伴うハレーションを忌避し、ゆっくりとした進歩を求めるのが日本国民の大半だということです。
では、最も国民を分断している憲法・安保で護憲左派を貫いたとして、政権交代ができるかと言うと、それは無理に等しいでしょう。日本人の価値観を探れば、護憲派が過半数の議席を得ることは難しいことがすぐにわかるからです。最近、自民党が選挙に負けた代表例を考えてみましょう。2009年の民主党、大阪での維新、東京での小池百合子氏です。自民党が弱いのは人々の中に蓄積している改革期待を集める(全体としては)保守傾向の勢力が躍進した時です。
もしも立憲民主党や国民民主党が党勢を拡大しようとすれば、今こそ憲法論議に建設的で抑制的な方向で参画し、全体的に外交ではリベラル傾向を維持しながらも現実路線に転換することです。そして、社会政策や経済政策において自民党の主義主張が世論の中心軸からずれている点を衝いていくべきでしょう。憲法論議に参加したとしても自民党に衝くべき論理の矛盾や十分詰められていない点は多々指摘できるからです。
逆に自民党の側は、自らの支持層の大半が決して偏った層ではないことを認識すべきでしょう。彼らは成長重視派であり、緩やかな財政規律派であり、安保現実派であるとともに憲法9条改正を支持しています。社会政策においては社会の中心軸からずれておらず、外国人に対してオープンで、女性問題では平等化の推進を望んでいます。自民党を高く評価するコア支持層は8%です。この少ないコア支持層の、ごく消極的な反対に引きずられて夫婦別姓に強硬に反対することほど党勢維持に反することはないのです。社会的価値観における自民党支持層の傾向は単に急進派ではないというだけです。
政治は観衆を必要とする試合です。観衆がすべてとは言いませんが、ファンの実体を見誤ることは致命的であるというべきでしょう。国民の意思の大層を吸い上げることができなくなれば、政党というシステム自体が危機に直面します。国民は驚くほど理性的に物事の判断を行っています。与党は、ファン層を見誤って頑迷なほどに保守的な社会的価値観にしがみつくべきではないし、野党は憲法を論じようとしない態度を改めるべきです。変わるべきは国民ではなく政党なのです。
(初出「論座」、2019年9月7日脱稿)