静かな再編-自民党から離反した人々が映し出す今後の日本政治-
自民党はいま、深刻なアイデンティティ・クライシスに直面している。国連総会での石破総理演説が党派を超えてリベラルに高く評価される一方で、5人の候補者が並び立つ総裁選ではSNSやインターネットを中心に、誰がより「愛国的」かをめぐって批判や時に中傷までもが飛び交う。その危機感の裏にあるのは、何より2025年参院選での参政党の躍進だろう。これまで幾度かにわたって第三極が得票を伸ばす事象はあったが、今回とりわけ彼らが脅威を覚えているのは、票の離反を「右からの挑戦」と受け止めているからだ。それに2009年の彼らにとっての「悪夢」が重なる。自民党がもはや政権を託すべき政党と見られていない――という危機感。前回はただ座って3年待ち、その間に保守イデオロギーの爪を研いで相手が失敗するのを待っていればよかった。しかし、今回はそうとばかりはいかないかもしれない。
実のところ、日本の有権者は、「右か左か」で割れているわけではない。実務的な変化を求める力学へと、票が入れ替わっているといった方が良い。自民党のコア支持層は縮小しながら防衛的マインドになっており、周縁的な支持はイデオロギーよりも「より目に見える改善」を評価するようになった。だからこそ、参政党の躍進は「保守の受け皿」というより、日常の不便と制度疲労に対する反エスタブリッシュメントの受皿として、意外なほどの吸引力を示しているのである。
「変革期待」の上昇とコア支持層の硬化
2025年の日本の空気をつかむにあたって、山猫総研が8月にマクロミル社の協力を得て実施した日本人価値観調査2025の結果は有用である。というのも、本調査は3年ごとに行っており、この6年の変化を追うとともに世代交代によるインパクトを評価し、かつ自民党が圧勝した2021年衆院選からいったい何が変わったのかを明白に示すことができるからだ。
本調査の包括的な報告書は近日中に発表するが、差し当たって自民党から流出した票を分析するにあたって最も重要な設問は以下の二つである。
「短期的に混乱があったとしても変革が必要だ」には全回答者の55%が賛成、「日本には既得権をぶち壊す強いリーダーが必要だ」には59%が賛成している。いずれも2022年比で約5ポイント上昇した。だが、動きは均一ではない。
自民党を「とても高く評価」する層では改革へのネット賛成(賛成から反対を引いた値)が大きく低下し、「守勢にまわるコア支持層」という形で純化している。一方で「多少評価する」層と「中立」と答える層は、むしろ改革支持に寄っている。彼らはともにイデオロギー性がそれほど高くないことから、求められているのは抽象的かつ理念的な“改革”ではなく、半年で効き目がわかるような実務的な変革であることが分かる。
離反のダイナミクス——理念より実効性
今回の調査ベースで、2021年に衆院選で自民党へ投票したと答えた回答者の2024年衆院選及び2025年参院選での投票行動を見ると、他党支持へと移った人の79%が改革に賛成している(反対14%でネット賛成+66)。残留した人は賛成48%に対し反対が28%(ネット賛成+20)。差は実に45ポイントである。自民党からの離反者は迷いが少なく、いずれの設問でも強い肯定や否定の答え方をする傾向を持つ。現状のもたついた日本政治、現状維持に疲れている層であるということだ。いずれも、理念というよりは体感での政府パフォーマンスが下がっているのが問題である。
この文脈において、前回参院選で参政党が「受け皿」になったことは明白である。日本保守党のようにイデオロギー的な純化をせず、反既得権の語りを生活上の効用や暮らしの実益に近いメッセージに結びつけて提示しているからだ。国家観をぶつより、まずは目の前の「改善」。現に、日本保守党に参院選の全国比例で投票した人々は、参政党に投票した人々よりも社会保守性や安全保障保守性が際立っている。こうしたアプローチはイデオロギー的にポジションを取っているので、磁力は強いが射程は狭い。
参政党投票者の実像:強硬右派というより「内向き」で実務志向
確かに参政党幹部やその立候補者の言説は極端なものが多いし、「変化」のベクトルの向きを外国人労働や観光客の数量規制、自由貿易に対する懐疑という形で語るために、日本保守党と同様の強いイデオロギー性があるように見える。自民党から離反した層は、いったいに外交安全保障をめぐる価値観の保守度が高いのも事実だ。しかし、参政党の躍進を語るにあたって重要なのは、党の掲げる理念そのものよりも、動いた有権者の分析である。有権者の動機は、整合的な右派イデオロギーというよりも、「一部リベラル勢力の行き過ぎ」への違和感と内向きの生活防衛のトーンが色濃い。
比例代表で参政党に投票した人々は、経済観では財政拡張志向だが、弱者救済にはさほど関心を示さないことから、再分配一辺倒ではない。個人所得は年収700万円程度まで均等に分布し、れいわや共産と違って非課税所得層への偏りは小さい(維新は500~700万円の層にある程度訴求しており、700~1000万円の層では国民民主が強く、1000万円以上の層ではまだ自民が圧倒的に強い)。自助を支持する比率は自民や維新よりも有意に低いが、国民民主よりは高い。つまりいずれにせよ原理的なタイプではないことが窺える。
文化的価値観も一枚岩ではない。性別役割分業の価値観を示す「女性は家事など家の中の仕事に向いている」という命題への参政党投票者の賛同割合は23%で、全体平均(24%)よりわずかに低く、日本保守党(34%)より明らかに低い。さらに興味深いのは、自民(28%)だけでなく左派系(共産27%・れいわ26%)と比べても、性別役割分業意識が低いことである。
核保有に対する賛同は3分の1強と比較的高いが、安保法制に対する支持は自民党投票者よりも弱く、ウクライナの領土保全についても他党より冷淡である。つまり、彼らにとっての核保有政策は軍事大国化のためというより孤立主義的な欲望であることが窺える。
要するに、参政党支持の少なくとも3分の2はいわゆる普通の有権者だ。保守イデオロギーや孤立主義を抱える人は母集団のごく一部にすぎない。
「第三極」は新しくない——中身が変わった理由
冷戦後の日本政治には常に「第三極」がいた。党が入れ替わっても、有権者は新たな第三極と見なした政党に投票する。ここ数年は、およそ1000万票程度の比例票ポテンシャルだった。第三極に投票する有権者の投票動機は、安保や憲法ではなく、国内の実務課題にあった。世代交代によって団塊ジュニア以下の年齢の存在感が大きくなってくると、「保守といえば安保」で票が大きく左右に二つに割れる時代は終わる。それは自民党の退潮とともにリベラル既成政党の退潮をも意味する。
第三極支持者は、従来は反エリート志向で、改革期待が高く、外交安保では日米同盟肯定のリアリスト傾向を抱えながらも内政優先であることが特徴である。安全保障の左右対立軸が有効性を減じ、自民党の最大の強みが消失するということは、すでに2019年の日本人価値観調査開始時点から予測済みであり、当時からその点については各所で述べている。この変化は世代交代のサイクルを踏まえ、だいたい10年くらいで進行する。つまり、2030年までには安保対立にかわる対立軸が人々の投票動機を左右するようになる。それをいまだ発見できていないのが自民党はじめ既成政党の問題である。
以下の図1,2は2025年参院選比例代表の投票先ごとに、回答者の反エリート意識、自助に対する考え方、変革期待、現状否定志向、メディア不信をレーダーチャートにしたものである。いずれも日本保守党と参政党の改革期待や現状否定度が際立つ。日本維新の会は変革期待や反エリート意識こそ強いものの、大阪で政権を担っているために現状肯定感が強い。今回の選挙では、現状肯定感が低い、主に非関西圏の有権者が参政党に流出したともいえる。さらに、若年層は自助の価値観が低い。それが安保リアリズム寄りの若年層が国民民主や参政党に向かう原因ともなっている。


・現状否定:「最近の日本は正しい方向に向かっていると思う」「日本は世界から尊敬されている国だ」「日本は努力すれば報われる社会だ」の三つの設問に対する加重平均スコア(反対度)
・反エリーティズム:「官僚や政治家等のエリートは国民のことを分かってくれない」「日本経済は富裕層や大企業に有利にできている」に対する加重平均スコア(賛同度)
・メディア不信:「マスメディアの報道姿勢は信用できない」に対する加重平均スコア(賛同度)
・自助努力:「一般的に、国の制度に頼る前にまずは自助努力が大事だ」に対する加重平均スコア(賛同度)
・変革期待:「短期的に混乱があったとしても変革が必要だ」「日本には既得権をぶち壊す強いリーダーが必要だ」に対する加重平均スコア(賛同度)
スローガンより「費用対効果の物語」を
自民党支持層の周縁は融け始めている。その周縁層に響くのは、どちらかといえば非イデオロギー的なメッセージだ。短期的コストを受け入れてでも、行政を動かして結果を示すこと——少なくとも2025年の日本政治の需要はカルチャー・ウォー(文化戦争)を戦うことではない。そこを見間違うと自民党はかえって新たなポピュリズムの台頭に力を貸し、延命の観点からしても大変な誤りを犯すことになるだろうと思う。空疎なスローガンは逆効果で、むしろ必要なのは「費用対効果」を語ることである。
そして世代交代。実践的なロードマップ。説得力の源泉は、もはや演説にはない。結果を、早く、確実に出すこと——それが今、支持を動かしうる唯一の言葉になっている。
*付記:本稿の知見は、山猫総研が2019年から継続して行っている全国調査「Japanese Values Today (JVT)」の2025年版(オンライン、年代別割当・ウエイト補正)に基づく。回答者数は2019年2,060、2022年3,152、2025年2,059人。