連載・寄稿
2016.12.04 News 連載・寄稿
トランプ新政権と民主党の敗因
トランプの大統領選出を実況しながら、私は、果たしてヒラリー・クリントン陣営は自らの敗因を正面から分析できるだろうか、と考えていた。
その究極の理由を言うならば「経済」を前面に押し出さなかったからだ。接戦州はいずれも僅差だった。全米での総得票数は、勝敗に意味のない数字なのだから、明らかに戦略の方が間違っていたと言わざるを得ない。
ミクロな戦いにおける誤算は、2つ挙げられるだろう。黒人やヒスパニックの投票率に過大な期待を持ってしまったこと。もう1つは、中道の白人を自陣営に呼び込むべく、価値観をめぐる戦いに飛び込んでしまったことだ。
選挙戦の早い段階から、北部産業州の労働者票が、ドナルド・トランプ候補(当時)に流れ込んでいることは明らかになっていた。民主党の絶対的な地盤という気の弛みがあったと言わざるを得ない。
本来、民主党陣営は、ヒラリー氏の夫、ビル・クリントン氏が大統領職を射止めたときのように、「問題は『経済』なんだよ、バカ!」と言わなければならなかった。しかし、発せられたのは「問題は『多様性』なんだよ、バカ!」か、単に「バカ!」であった。
そして、それを買う層は残念ながら、限られていたのだ。
中産階級で生じるポピュリズムのわけ
メディアにとって大切なのは、トランプ当選を「当てた」かどうかではない。これほどの接戦を当てられるとしたら、それは単なる賭け事の域を出ない。可能性を十分に考慮しなかったこと、ひいては、有権者の声を十分にさらおうとしなかったことにこそ、問題があった。
2016年3月ごろから、筆者が肌身に感じていたのは、トランプ旋風の歴史的必然であり、根本的に政治地図を塗り替える可能性であった。歴史に鑑みれば、多くの国が、統治が安定して初めて、経済的自由主義が生じ、政治の自由が勝ち取られ、さらに民主化が進み、そこで初めて経済の民主化が進むことになる。
戦いの中身が移り変わるにつれて、既存政党の主張の中身も変わって当然だ。現在、多くの先進国で生じている中産階級によるポピュリズムは、この経済の民主化に関わるものだ。ロドリゴ・ドゥテルテ比大統領の大農場主と貧困層との妥協政治への反対、韓国での大統領と財閥の癒着と政治家による利益相反、日本では維新による反利権運動などがそれだ。
既成政党がこの変化に十分ついていけなかった場合、当然、こうした“ガラガラポン”も起こりうるということを、米大統領選は示したと言えるだろう。
そこには移民排斥などのダークサイドもありはしたことは間違いない。しかし、それは、社会がもともと抱え込んでいた病理だ。いま、どのような新たな戦いが始まっているのかをきちんと定義せずに、資本主義やグローバリズムへの拒否権としてのみ見るのは誤りである。
中産階級が、政治と経済の癒着に異論を唱え、分け前を要求し、移民の制限を訴えて、関心のない戦争からの撤退、あるいは完全勝利を要求する。そのとき。、政治のリーダーが、なすべきことはただ1つである。それは、合意を形成し、世界を航海していく指針についての民意を“更新”することだ。
批判の多いトランプ政権ではあるが、それを実現できるかもしれない所に、いま立っているのだ。
(週刊ダイヤモンド年末年始特大号寄稿、2016年12月4日脱稿)