連載・寄稿

2020.03.31 News 連載・寄稿

新型コロナウイルス禍と米大統領選

米国の変質

2020年は、今後の世界が向かう方向性が大きく規定される年になるでしょう。米中貿易戦争、香港デモと続いてきた米中の対立に重ねて、新型コロナウイルス禍が加わったことにより、本格的な政治的・経済的変化が引き起こされるだろうと思うからです。

パンデミックが明らかにしたことは、米国がリーダーシップを振るおうとしない結果としてグローバルな影響力が低下しつつあるということです。第二次大戦以後、これだけの国際的な危機において米国の存在自体が意味をなさないのは初めてのことではないでしょうか。米国は同盟国を含めた国を排除し、ひたすら内向きになっていて、まるで普通の大国のように自国内のことしか気にかけていません。

トランプ氏が2016年の大統領選の共和党予備選で台頭した頃、私は米国が意気揚々と撤退するであろうと述べました。その意図は、米国の国内における優先順位が変化し、米国内のインフラ整備や公衆衛生の方が、中東やアフガニスタンに駐留することよりも重視されるようになってきて、超大国の座から降りるという自覚も痛みもなしに、意気揚々と引き揚げてしまうであろうということでした。

国益を短期的・直接的に定義する発想に立つ結果として各国との貿易収支のような定量的な指標に注目が集まり、同盟国に対する防衛負担がやり玉にあがる。国際的な組織や仕組みに懐疑的なまなざしが向けられ、交渉による短期的な成果の積み上げが評価されるようになると。

米国外交は孤立主義と理想主義の間を揺れ動いてきたと言われます。しかし、これがトランプ大統領の登場によって大きく孤立主義に傾いただけでなく、米国そのものが変質しつつあることを感じさせます。かつてであれば、米国の孤立主義は欧州の争いごとにはかかわらない、という積極的な意識に基づく政策でした。しかし、今広がっている孤立主義は、それとは別種のイデオロギー的な傾向を秘めており、米国の国益や超大国に対する定義の変容を迫るものだからです。

両者のバランスが崩れ、左右両極のポピュリズムに孤立主義的な内向きの傾向が出てきたことに引きずられて、エスタブリッシュメントも変容しつつあります。米中貿易戦争や新型コロナウイルス禍に絡んで、中国に対する執拗なまでの敵意や差別的な偏見を、ほかならぬエリートがまき散らすようになってきているからです。

オバマ外交は、今から思えば米国の「帝国」からの撤退を遅らせた政権でした。帝国としてのコストやリスクを負うことには消極的でも、帝国としての地位は手放さず、基本的には国際協調を目指したからです。この手法は大きな変化をもたらさなかった代わりに、米国のリーダーシップを維持するのに曲がりなりにも役立ったわけです。トランプ外交がやっていることは表面上オバマ政権の全否定であるかに見えて、そこに潜んだ本音をもっと赤裸々な形でむき出しにしたものです。

個別具体的な論点において、米国がやせ我慢をして同盟国を支え、国際公共財を提供してきたのは、それが普通の大国としての米国には直接的な利益としては感じられずとも、帝国としての利益に役立つからでした。同盟国との貿易赤字も防衛負担も、帝国としては合理性がある政策だったからです。しかし、米国はいまや自らを自由貿易体制や平和的な国際秩序の受益者であると見なさなくなってきている。米国は中国を現状変更勢力であると捉えて非難していますが、ここへきて米国も自ら現状変更勢力であるかのようなふるまいをしているということです。

トランプ政権の外交政策には、イラク・アフガニスタンでの長い疲弊した戦争による負担感の広がりと、軍事革命が安全保障の最前線に与えている影響の二つが作用していることが見て取れます。そもそも、対テロ戦争が米国財政に与えたインパクトは甚大なものであったことを思い起こさなければなりません。その制約の中で、国内重視に舵を切ったトランプ政権は大型減税を実現し、インフラ投資などをはじめより「大きな政府」に近づこうとしています。強い軍を維持するためには、軍事予算も増額せざるを得ないという制約もある。

軍事革命を踏まえれば、サイバーと宇宙、無人兵器やAIを用いた兵器の開発に大幅な資源を割かなければならないのは当然です。世の中の軍事技術は圧倒的に軍拡局面にあり、そのような局面においては、残念ながら軍備管理は進みません。あらゆる強国が新たな軍事技術の開発に力を注ぐ中で、一国だけが自制するとかえって安全が損なわれるからです。一方で、米国は対テロ戦争を継続しており、同盟諸国を冷戦型の脅威から引き続き防衛しなければならない。戦術核の大量生産に舵を切ったのも、ロシアや中国の軍拡が念頭にあるわけです。

そんななか、短期的な成果を目指しがちなトランプ政権が本音を露にして、同盟国の利益を削るべくプレッシャーをかけているというのがいまの現実であるといえるでしょう。しかし、米国が中国に対する貿易戦争と同盟国に対する交渉の二正面作戦を短期的視野に基づいて展開した結果として、かえって米国のリーダーシップ力の低下が露呈する羽目になりました。長期的な覇権維持のための中国叩きと、短期的な視野での貿易赤字削減などの国益追及とを混同したことで、米国は自身の魅力すらも低減させる羽目になったのです。

大統領選の帰趨

さて、大統領選の結果、上述のような米国の傾向が変化する可能性はあるのでしょうか。仮に民主党が大統領選に勝利したとすれば、つかの間傾向が緩和されたように見える可能性はありますが、私は大きくトレンドは変わらないだろうと思っています。財政的制約、軍事革命、対テロ戦争での介入疲れ、内向き化傾向というのはトランプ大統領個人の思想や個性に紐づけられない、普遍的な事象であるからです。

大統領選は基本的には現職が有利です。トランプ大統領のスローガンは、ズバリKeep America Great「米国を偉大であり続けさせよう」ということで、もちろん、2016年時点のMake America Great Againの再選バージョンを採用しています。明確に、現職大統領であることを意識した戦略と言っていいでしょう。この戦略は、歴史的な傾向を振り返る限りは正しいものです。人口動態やメディアの傾向という意味で、現代とも比較がしやすい1980年以降の大統領選挙において、現職大統領が再選を阻まれたのは、1980年のカーター氏、1992年のブッシュ氏(父)のみです。いずれも、選挙直前に米国景気が急速に悪化するという下地があり、その上で、現職大統領に不利になる状況がありました。カーター氏については、通常の景気悪化に加えて第2次石油ショックの構造的な厳しさ、イラン人質事件に伴う米国の権威の失墜という特殊事情が重なりました。ブッシュ氏(父)のケースでは、湾岸戦争による高揚感が急速に薄れ、大統領自身が絶対に税金を上げないと公約しながら、それを破らざるを得なかった背景がありました。

これまでのセオリーに従えば、現職大統領の優位は一定程度、織り込み済みのはずです。トランプ大統領は数多くのスキャンダルを抱えていますが、大統領のコア支持層を遠ざける結果にはなっていません。そのうえ、新型コロナウイルス禍が生じたことにより、2兆ドル規模の経済対策をはじめ、大統領主リーダーシップを発揮する余地が生まれました。「国難」のときにあって指導者が政治的利益を得がちであるというのは、戦争でも疫病でも同じ構図です。米国は非常事態の雰囲気のさなかにあり、ニューヨークやサンフランシスコなど米国経済の中心地でも、学校閉鎖、イベント閉鎖、店舗閉鎖が相次いで発表され、大統領選の予備選の盛り上がりは急速にしぼみつつあります。かわって、トランプ大統領の手腕が一定の評価を集めつつあります。

対する民主党側は、混戦の後にバイデン前副大統領へと支持が収れんしつつあります。民主党のお家芸でもある、いざというときにフレッシュな候補が躍進してトップに立つというサプライズがなかったことは残念です。純粋に、候補者としてのクオリティーということでいけば、バイデン氏には不安が残ります。しかし、その時々に期待を集めたウォーレン氏やブーティジェッジ氏は守りに弱いか、あるいは熱狂的な支持を集められずに脱落していきました。

バイデン候補が副大統領候補に女性を指名すると明確にコミットしたことから、初の女性副大統領を実現させることへの期待感は高まっていますが、前回ヒラリー・クリントン氏があと一歩まで届いた女性の大統領というインパクトに比べれば、いささか空気が抜けたような感触を禁じえません。果たして、女性や、労働者、マイノリティを熱烈に投票所に動員できる雰囲気かというと、そうでもないということだろうと思います。

秋の本選挙はトランプ大統領vsバイデン前副大統領となるでしょう。勝敗を分ける要素はまず、民主党がどれだけまとまれるかということにかかっているだろうと思います。バイデン氏は組織票を集めていますが、サンダース陣営はいまだ健在で、選挙活動を弱めていません。彼らは、新型コロナウイルス禍を、全国民強制加入型の健康保険制度の導入など、自らの政策への支持取り付けに利用しようとしています。ウイルスに対する不安と大胆な変革の可否をめぐる対立が民主党の分断を広げかねません。逆に、バイデン氏の陣営は、民主社会主義者であるサンダース氏に対する警戒感を煽り、急進派のサンダース氏が候補となれば議会選挙でも民主党が勝てなくなる可能性を強調してきました。穏健派がバイデン氏のもとに集結してぎりぎりスーパーチューズデーに間に合ったことは良かったのですが、民主党内の分断はさらに深くなっているようです。

戦争や疫病、経済対策に対する態度をめぐって、民主党と共和党が本選挙で対立するなか、民主党内の亀裂をかえってあらわになるという構図が存在しています。例えば、トランプ政権が和平合意で撤退を表明したアフガニスタン政策一つとっても、バイデン氏と急進派の間には深い溝が存在します。バイデン氏はエスタブリッシュメントに属する人です。民主党、共和党に限らず、米国ではエスタブリッシュメントが基本的には永続する戦争を支持しているのに対して、左右を問わずポピュリスト達が撤退を支持しているという構造があります。

トランプ政権は、中東における前方展開からの部分撤退を実現しつつあります。米国の主敵が中国であることを明確化するとともに、優先順位を設定して戦略的な分野では米国の優位を再確立しつつ、東アジアなどの特定地域では中国の優勢を一定程度認めるのではないかと思われます。それに対して、バイデン氏がどのようなオールタナティブを提示できるのかについては疑問です。中国により融和的な態度を取るとは決して思われないし、トランプ大統領より保護主義的な立場や、軍事的な対決姿勢を打ち出せるわけでもないでしょう。アフガニスタン戦争に長期的にコミットすることに支持が集まるとも思われません。しかも、バイデン氏は副大統領としてこれまでの米国の政策に寄与してきた人ですから、諸悪の根源であるという攻撃を受けやすい立場にあります。

では、国内の格差に着目し、トランプ大統領の人種問題での差別的な言動を攻撃するという戦略はどうでしょうか。残念なことに、ウイルス禍に揺れる現在の米国で、国境管理をめぐってよりリベラルな方針を打ち出しても、大きな賛同を集めるとは思われません。親と強制的に引き離された不法移民の子たちの人権問題は、ウイルスの恐怖に震えている人びとには届きにくいからです。また、トランプ大統領がこれを機に大きなバラマキを実施するので、さらに大きな政府寄りの主張は力を持ちにくいという事情もあります。白人労働者は再び、経済対策に期待してトランプ大統領の路線継続を求めるでしょうし、選挙に勝つためにトランプ大統領は最大限の経済対策を打つことでしょう。

では、伝統的に存在する黒人を中心とした人種問題を取り上げるのはどうでしょうか。実は、民主党の大統領候補が勝利するカギを握るのは、黒人の有権者たちです。ヒラリー氏が僅差で勝利できなかった背景には、オバマ大統領の二回にわたる大統領選の時ほど黒人の投票率が伸びなかったという計算違いが背景にあるからです。人口構成上は有利な立場にある民主党ですが、郊外や田舎に住む白人有権者が粛々と投票に行くのに比べて、都市の黒人有権者はあまり熱心な投票行動をしてくれません。組織化の比率が少ないので政治意識は様々ですし、国政の論点があまりに遠く感じられることも影響しているでしょう。さらに、有権者登録の方法や投票所に行く手段や立地などの条件に、相変わらず人種差別の名残りが残っていて投票の障壁となってしまっているからです。

昨年の米国の調査では、黒人の有権者の政治意識や熱意に前回と比べ向上の兆しは見られませんでした。黒人票に強いと言われるバイデン氏ですが、それはあくまでも組織票のことを指すのであって、白人の高齢男性のエスタブリッシュメントが一般の黒人有権者の支持をオバマ並みに集められると考える方が不自然でしょう。

結局のところ、トランプ大統領が有利であるという事実には変わりはないだろうと思われます。日本にできることはしかし、いずれの大統領になろうとも、現在の日本が過度に米国に依存していることによる脆弱性を意識して、国際政治構造の変動に備えることです。米国の分断とリーダーシップの低下は、同盟国にとって高みの見物を決め込むことができるような問題ではありません。むしろ、私たちの安全と繁栄を支えてきた根本のシステムが危機に晒されているということはよくよく自覚しておくべきでしょう。(月刊『公明』2020年5月号寄稿、3月脱稿)