連載・寄稿
2019.06.10 News 連載・寄稿
トランプ訪日と日本
G20を前に
月末にG20を控え、日本の外交に関する話題が増えています。G20では貿易問題から環境問題に至るまで様々な問題を話し合うのですが、やはりそのとき世界で一番重要な問題に脚光が当たります。現在、世の中で大きな関心を惹きつけているのが米中貿易戦争です。
中国が含まれず、ロシアも追放されたG7では、事実上米国とその同盟国である先進国との綱引き、秩序形成をめぐる議論が主流となります。カナダでのG7サミットではトルドー首相が自らのリーダーシップやトランプ大統領に対する距離を演出しようとして、結果的に同盟国間の対立は深まりました。メルケル首相がトランプ大統領に談判をしている有名な写真も、まるで絵画のように劇的な構図でしたが、かえってG7の失墜を印象付けてしまったとその時私は感じました。こうした演出をしていられるのも、ある意味で同盟国として互いに甘えがあるからだ、ということです。
それに引き換え、それに次ぐ主要国の首脳会議であるG20は米中が含まれており、他の三カ国も多様な国益を抱えて参加している点が特徴です。米中両大国の関係は、我々が生きる21世紀前半という時代の基本的な骨格を形成します。そして、来るべきG20とは米国主導の単極の秩序が衰退した後の海図なき世界の縮図ということになるでしょう。
トランプの対中外交とは
では、米国はどのように中国のことを捉えているのでしょうか。トランプ政権は、貿易交渉に一方的な関税の発動という強硬手段を用いることで、過去の政権との違いが際立っています。しかし、トランプ政権の対中国観自体は、歴代の米政権同様に多様な要素の組み合わせです。
まず政権の対中観のスタート地点として特筆すべきは2016年のトランプ候補(当時)の初の本格的な外交演説でしょう。当時、トランプ氏は共和党の大統領候補の座を事実上手中にしていました。世界中の外交専門家のほとんどは民主党のヒラリー氏の当選を確実視していましたから、トランプ氏の外交演説がそれほど注目を集めたわけではありませんが、今振り返ると現在に至るトランプ政権の基本的な考え方が明確になっています。
この演説の最大の特徴は、米国に対する脅威の重要な位置に、米国経済の相対的な競争力の低下を挙げている点です。米国の超大国としての地位は、圧倒的な経済力という基盤があって初めて成立するものであるという見方を正面から論じている。NAFTAやTPPについての懐疑的な姿勢も経済的な競争力の観点で語られています。そして、中国との関係において最も重要であるのは経済的な競争関係であると言い切っています。歴代政権のように、人権問題について指摘してみたり、軍事的脅威について言ってみたりという場当たり的な対応ではなく、本質は経済的な覇権であると指摘したのです。
複合的な対中観
トランプ政権の対中国外交については、共和党内の中国へのアプローチを反映して、いくつかの考え方があります。共和党内で主流であったのは、中国との経済関係を重視し、中国との関係を継続することで、中国が国際社会のルールを守るような存在へと導くという発想です。基本的には、歴代の民主党政権でも主流の考え方であると言っていいでしょう。ウォールストリート的というべきか、産業界よりの発想です。おそらく、ゴールドマンサックス出身で、映画関連のファイナンス等でキャリアを築いたムニューチン財務長官は、この種の発想に近かったのではないかと思います。実際、対中交渉において財務省が弱腰すぎるというのが米政権内でも問題となっているようですから。
共和党内における考え方の第二は、共産党の一党独裁によって運営される中国は国際社会のルールを守るつもりはなく、短期的に守っているようなふりをしたとしても、それは短期的な方便に過ぎず、本質的には米国の覇権を終わらせようとしている脅威であるという発想です。安保重視、覇権重視の考え方と言っていいと思います。対中強硬派として知られる、ナバロ大統領補佐官がこの陣営の典型的な存在でしょう。
興味深いのは、トランプ政権が対中国で強硬策を打ち出していく中で、ペンス副大統領をはじめとする共和党の保守派がこちらの発想へ近づきつつあること。信教の自由等の人権問題が次第にクローズアップされつつあるのは、共和党の支持層の核心をなす福音派を反中国の大義に動員するためでしょう。ここに、物事を深刻にする要素として人種問題が関わってきます。マーティン・ウォルフがファイナンシャル・タイムズ紙の論説で最近指摘したように(日本語訳は6/7付の日経新聞に掲載)、トランプ政権の一部には米中の競争を人種問題に結び付けようとする人々がいます。キロン・スキナー国務省政策企画局長が、4月末にニュー・アメリカというシンクタンクで「白人国家でない大国と競う初めての経験となる」と述べているのです。これは、日本人にとっても戦間期における黄禍論を彷彿とさせる発言です。そして、それは内向き化する米国保守にとても親和性の高い考え方というわけです。
「組み換え派」の目論見
ただし、上記の安保重視と人種的競争意識の組み合わせによる封じ込め論とは、トランプ政権の中心的トーンは雰囲気を異にしています。しかも、そのトーンは、経済至上主義の立場を取りつつも、先ほどの中国に改革を促す伝統的な立場よりももう少し荒っぽい立場です。これは、グランドバーゲンを勝ち取ろうとする「組み換え派」として理解できます。つまり、原理原則としては中国とは仲良くやっていくという建前を崩していないものの、具体的な経済的不満を全面に出し、強硬な手段も交えながら中国の妥協を引き出そうとしているということです。
トランプ政権の発想の根本には、2016年の大統領選と政権1年目に大きな役割を発揮したバノン氏の影響があります。今は政権を離れている同氏ですが、トランプ政権の関税を用いた強硬策の目的は、中国を中心に出来上がったグローバルなサプライチェーンを組み替え、中国優位の経済をひっくり返すことにあると明言しています。ツイッター等で発せられるコメントや、予め用意された演説ではなく、大統領個人の発想が色濃く反映されるインタビュー等においては、トランプ氏自身もバノン氏の発想に近いように思えます。ビジネスマン特有の短期的、経済的な利益を中心に考える発想でしょう。
ただ、この組み換え派の発想の評価が難しいのは、その目的がどうもはっきりしないというからです。一方には、短期的な経済的メリットを得ることが目的であるのだから、その目的が達成された後には広義のエンゲージメントに戻るであろうと見ることができる。強硬策をぶち上げて、貿易黒字、国有企業の優遇、知的財産権等の重要テーマで中国に妥協を迫り、自分はこんな成果を挙げたと勝ちを宣言する。米中関係の大枠が一応は元の鞘に収まり、中長期的に見れば戦略的な力関係への影響は軽微であるというパターンです。結果的に、1980年代から90年代にかけての日米の関係はこれに近いものとなりました。もちろん、最大の理由は日本が安全保障を完全に米国に依存しており、妥協せざるを得なかったからです。中国自身は、安全保障を米国に頼っていませんから、致命的な妥協は避けながら、このパターンへと落ち着くように動いています。
ただ、組み換え派の本質は、やはり封じ込めであるという識者も存在します。ファーウェイをはじめとする中国のハイテク企業を米国や西側の市場から排除しようという動きは、こちらの発想と親和的でしょう。ファーウェイが「戦略的企業」であることや、組織ぐるみで産業スパイ的な行動を繰り返してきたことは周知の事実です。ですから、ファーウェイへの強硬策はある程度織り込み済み。けれども、世界中が驚いているのが、米国が自国のみならず日本や欧州などの同盟国に、思いのほか強い圧力をかけている点です。当然のことながら、この動きの延長線上には何があるのか、世界中が疑問に思い始めています。
見えづらい影響がリスクをもたらす
ファーウェイをきっかけとしつつ、AI、エネルギー、IoT等と次世代の経済覇権を担う企業へと規制の対象が広がっていくのでしょうか。次は、アリババやテンセントなどのトップ企業が対象となるのでしょうか。金融、エネルギーなどの従来の基幹産業は、どのような扱いとなるのでしょうか。おりしも、米国がイランへの経済制裁を強めている局面です。欧州諸国をはじめとして、イスラエルやサウジアラビア以外のほとんどの米国の同盟国は、米国の対イラン強硬策にはうんざりしていることでしょう。せっかく、核合意を通じてそれなりの外交的妥協が成立し、市場としての潜在的な価値があるイランが門戸を開きつつあったところなのですから。
ただ、世界中のほとんどの企業は、米国が制裁をちらつかせる中でイランと米国とを天秤にかければ、イランを選択することはあり得ません。ドルの調達が不安定になることを嫌う金融機関はもちろん、それらの金融機関との取引が停止されることで商売が事実上できなくなるからです。ただ、米国が中国の特定の企業との取引、あるいは、中国との取引全般を制裁対象とした場合はどうでしょう。米中の間で選択を迫られれば、中国を選ぶというケースは多くなるのではないでしょうか。ロシア、中央アジア、中東欧、東南アジア、アフリカの多くの国家にとって、経済的には米国よりも中国の方が重要という国家はいくらでも存在します。また、日本のように国家としては米国を選ばざるを得ない場合でも、個別の企業のレベルでは中国の取引先の方が重要であるという場合もあるでしょう。
戦後の日本は、貿易国家、通商国家として、米国が築き上げた自由貿易体制を前提に反映を謳歌してきました。そして、日本の貿易政策の重要な要素は、米国とアジアの市場の間で選択を迫られるような事態はなんとしても避けるというものでした。このシナリオが恐ろしいのは、まさに、日本を含む様々な国や企業に、そのような選択を迫るものだからです。
米中関係をめぐるシナリオ群
米中対立が展開すべきシナリオをここで考えておきましょう。ありそうにないことも含めて頭の体操をしておくことで、リスクを洗い出し、それを評価することができます。不確実性を減らすことはおそらくできませんが、リスクには前もって対処できるものもあるからです。具体的には、以下の5つのシナリオが考えられます。
シナリオ(1):部分的封じ込め
これは基本的には現状の延長線上です。ハイテク分野など、産業によって中国企業を排除する分野と、これまで通り通商関係が継続する農業のような分野が併存します。
シナリオ(2):グランドバーゲン
これはトランプ大統領と習近平主席が主要な項目において妥協するパターンです。基本的には、中国が国内改革の面でより大きく妥協しつつ、対面を保つ工夫が行われることで関係が正常化します。
シナリオ(3):冷戦
(1)の部分的封じ込めが、次第に多くの分野に波及していくというシナリオです。国や企業は米中両陣営の間で選択を迫られることとなり、反対陣営には経済的な制裁が科されるようになります。経済分野での対立が次第に、安保分野にも波及していくことになります。
シナリオ(4):戦争
(1)ないしは(3)の延長として、軍事的な紛争が勃発するパターンです。米中の間で選択を迫られた国家の選択に対し、その決定に不満を持つ側が、直接的あるいは間接的に介入するパターンが最もリスクが高いでしょう。緊張感が高まる中で、南シナ海や台湾近海での偶発的な衝突の可能性も排除はできません。
シナリオ(5):中国の内部崩壊
(2)ないしは(3)の結果として、共産党政権の権力基盤が揺らぐパターン。不安定ながらもより民主的な多党制となるか、より激しい分裂や内戦を伴うようなこととなるかによっては、国際社会にとっても大きなリスクを生みます。
日本の選択肢
これまで見てきたように、日本が置かれる立場は非常に居心地の悪いものです。米国が中国のもたらすリスクに無自覚でなくなったことは歓迎すべきでも、米中冷戦を歓迎すべき要素は見当たりません。こういう時だからこそ、日本は気持ちの良い解に飛びつかない精神力が必要です。米中冷戦は歓迎すべき事態でもないし、かといって中国主導の秩序が恐ろしいものである可能性は極めて高い。
根源的には、私たち日本が選び取ることのできる選択肢の幅は狭いことを自覚しておくべきでしょう。国内では、米国一辺倒の政権に対する批判が散見され、先日のトランプ大統領訪日におけるおもてなし外交批判も見られました。その一方で、米国やトランプ大統領との距離が近いことは国益に他ならない、という反論も大きく聞かれました。
この議論には二つとも正しい部分があります。戦後の日本は安倍政権に限らず、ずっとおもてなし外交一本槍でやってきました。それはプライドを傷つけられる事態か、と言えば、日本をそれなりの大国であると認識している人にとってはその通りでしょう。それはナショナリズムの問題だからです。しかし、同時に歴代政権は米国大統領となるべく友好な関係を築こうとしてきたし、また多数派の国民はそれを支持してきました。
ここから脱却しようとすれば、同盟への依存度を徐々に弱めて主体性を増すしかないと私は思います。
もちろん、米国は引き続き重要な経済取引相手です。そして、ほかに代えがきかない重要な同盟国です。だからこそ、同盟関係は維持しつつ、主体性を高める方向に行くべきなのではないでしょうか。米国首脳との距離感を巡って、毎回のように賛否を戦わせたり、留飲を下げたりするだけでは、日本を取り巻く状況は好転しない。
国際情勢は、日本がどのような「自画像」を持つかということを超えて、動いています。日本は米国からも中国からも切り離されるべきではないし、米国との安全保障関係を解消すれば即座に自主性を失うでしょう。日本が動くべき方向はリスクヘッジであり、目的はこの困難な時代に自由な社会を守りつつ生き抜くこと、そのものだと思います。
(初出「論座」、2019年6月10日脱稿)