日米首脳会談の総括
満額回答
第一回の公式な日米首脳会談が終了し、安倍総理が帰国しました。トランプ政権については、選挙戦のさ中には様々な問題発言がありましたし、予測可能性の極めて低い政権であるだけに、まずは一安心というところでしょう。日米同盟に対する当座のリスクが取り除かれたというだけでも、喜ばしいことです。
トランプ大統領は、安保については、間接的な表現ながら尖閣諸島への日米安保の適用を明言し、南シナ海の航行の自由や北朝鮮問題が米国にとっても優先課題であると述べました。在日米軍駐留の負担増をめぐる発言は行われず、在日米軍を受け入れてくれている日本国民に感謝の言葉を述べるというリップサービスまでついてきました。
経済については、懸念されていた自動車産業をめぐる暴言もなく、為替操作国認定をされるような場面もありませんでした。現時点で期待し得るものとしては、満額回答であったと言えるでしょう。週末に出演した報道番組で「ホームラン」という言葉を使ったら、周囲も驚いていましたが、成果は成果として評価すべきと思っています。
運も実力のうちなのかもしれませんが、安倍政権はつくづく強運な政権です。実は、総理外遊の影で、足下の国会は荒れていました。共謀罪をめぐる法相の国会答弁は単にレベルが低いだけですが、稲田防衛相の国会答弁は深刻な問題を孕んでいました。
自衛隊の南スーダン派遣をめぐって、現地からの報告に「戦闘」の文言があるのを必死にごまかそうとしているのです。数百人規模の死傷者が出る「戦闘」が起きていたにも関わらず、法的には「戦闘」ではなく、「武力衝突」であると。憲法9条上の問題とならないように言葉遣いには気を付けるべきであると大臣が答弁し、統幕長に指示を出させているのです。現場の危険を承知の上で、嘘の報告を上げろと言っているのです。
この問題は、戦後自民党政治の最も醜いところをこれ以上ないくらいに戯画化してくれています。本来であれば、政権崩壊級のチョンボだと思うのですが、「ゴルフ外交」の成果のおかげで、マスコミの追及も緩いわけです。
今回の日米首脳会談を通じて分かったことは何でしょう。一回の首脳会談の成否よりはるかに重要なのは、その政権の意思決定の構造を理解することです。トランプ政権には、変な輩が吸い寄せられている部分がありますから、この点は特に重要でした。今回はっきりしたことは、日常の東アジア外交を仕切っているのは、軍との関係が濃厚なプロ達であるということでしょう。具体的には、直前に日韓を訪問したマティス国防長官やフリン安全保障担当大統領補佐官のラインです。
日米首脳会談の直前には、米中首脳による電話会談が行われており、政権発足以前から物議を醸していた「一つの中国」原則を、トランプ政権が確認したと報道されました。同盟国を重視し、中国や北朝鮮の安全保障上の脅威には懸念を示す、ただし、中国の核心的な利益は認め無用に対立は煽らない。極めて常識的、共和党的な回答に落ちついたわけです。
ホワイトハウスの中枢に陣取る保守イデオローグ達の主要な関心は、国内の雇用であり、移民・難民問題であり、中東情勢であるということでしょう。東アジア外交への関心は相対的には低く、平時である限りはこの構造が続くのではないでしょうか。
日英比較
日米首脳会談について客観的に評価しようとするとき、比較対象として面白いのが英国です。英国のメイ首相は、安倍総理に先立って、米国の第一の同盟国として首脳会談を行っています。ユーラシア大陸の両端に位置する島国として日英には地政学的な共通点があります。日米英の政権がともに保守勢力によって担われ、大陸欧州諸国と比較して、日英では、対米世論が緩やかであるという点も比較する際に重要な視点です。
ドイツのメルケル首相やフランスのオランド大統領がトランプ政権と距離を置かざるを得ないのは、国内に強い反米世論を抱えているからです。安易にトランプ政権に近づこうものなら、国内でボコボコにされるわけです。その点、日本の世論は英国に輪をかけて安倍総理に寛大です。日本国民は、トランプ氏についていろいろと文句は言っても、日本の総理が並外れて厚遇されて、一緒にゴルフを楽しんでいるだけでなんだか良い気分になるようですから。
日英の両首相が、トランプ政権にグローバル経済の重要性を切々と訴えていた姿も印象的でした。メイ政権については、英国がEU離脱を決めたことで発足した政権だけに、グローバリゼーションに反対なのではないかとの報道も見られますが、全く間違っています。英国民が否定したのは、グローバリズムの諸要素の中でも、ヒトの移動に関する部分です。つまり、移民・難民政策における国家主権の回復を欲したのであって、グローバリゼーションそのものを否定したわけではありません。
むしろ、米英首脳会談の直前に行われたメイ首相のEU離脱をめぐる政策演説では、英国をよりグローバルにするのだと宣言しています。英国は中途半端な形でEUに残ることはしないと。英国が重視するのは、金融、ハイテク、農業などの産業です。英国は、EU主導の細かな経済規制から逃れて、これらの産業をグローバルに展開していくのだと言っているのです。
英国は特にドイツと比較して出生率も高く、G7諸国の中でも米国に次いで相対的に高い経済成長を実現してきました。21世紀半ばには、ドイツを凌駕して再び欧州最大の経済大国になるという試算もあるくらいです。英国のエリート達にとって、EU離脱の国民投票結果は確かに誤算だったとは思うけれど、メイ政権はそれを好機として、自信をもって国家主権によってコントロールされたグローバル化を推進しようとしているのです。
実は、日本の立場もそれほど異なりません。日本は、移民難民をほとんど受け入れていない国ですし、主権を制限することに極めて懐疑的です。現に、アジアにおける多国間の枠組みは低レベルに留まっており、日本政府も「お付き合い」はしても、アジアの統合を主導するような動きはほとんど見せて来ませんでした。それでいて、日本経済も日本企業もグローバル経済なしでは生きていけません。今回の日米首脳会談でも、日本政府が一番気をつかったのはTPP的なるものを何とか残そうという部分でした。日本の総理が、米国大統領との首脳会談後の記者会見でグローバル経済の重要性について訴えている姿は、なかなかにシュールな印象ではありましたが。
麻生副総理-ペンス副大統領ライン
首脳会談で合意された麻生副総理‐ペンス副大統領のラインで経済問題について討議するというのは悪くないしつらえであると思います。まず、トランプ氏の思いつきと、80年代的な発想で日米経済問題を語られてはたまりませんので、「その問題は麻生‐ペンスのラインでやってます」と言えることが重要です。
ペンス副大統領は、より常識的な共和党の政治家ですから、交渉には難しい局面もあるでしょうが、妙な曲玉が飛んでくることはないでしょう。インディアナ州という日本企業もそれなりに進出している州の知事経験があるのもプラスです。米国内政の現実を踏まえれば、TPPがそのままの形で復活することはあり得ないけれど、TPP的なものを残す努力は非常に重要です。
TPPの意義は、モノの貿易に加えて、サービス分野や国内経済規制分野にも国際的な共通原則を適用して、経済の活性化を図ることです。日米が共同して圧力をかけることで、特に東南アジア諸国の市場をよりオープンにし、中国主導の腐敗が蔓延する国家資本主義の伝播を食い止めるためです。日本からすれば、米国抜きTPP発効の芽を残しつつ、保護主義に傾きがちなトランプ政権と日米FTA交渉を行うことで、日本経済の生命線である米国市場へのアクセスを維持することが重要です。
加えて、日米交渉には安倍政権の存在意義の核心に迫るテーマでもあります。安倍政権が国民から高い支持を得ている背景には、経済運営への信頼感があります。ただ、政権の三本の矢のうち、三本目の構造改革が進んでいないのは周知のこと。とういのも、三本目の矢の最大の要素がTPPだったからです。そして、日本国内の改革を進めるためには、TPPに代わる黒船が必要というわけです。現に、TPPの実現可能性が遠のいたことで、小泉進次郎氏が主導した農業改革は完全に骨抜きです。医療・介護分野での改革も、労働分野での改革も大玉は全く進んでいません。
筋の良し悪しは別にして、戦後の日本は、論争的な国内改革を外圧を使わずには実現できない国になってしまいました。憲法9条に象徴される一国平和主義が「戦後レジーム」の一つの柱であるとすれば、経済改革における外圧利用というのがもう一つの柱なのです。安倍政権が前者を憎み、後者を引き継いでいるのは少々皮肉なことですが、現実問題として今の日本にはそれ以外の選択肢がないのでしょう。
少し、話が脱線してしまいましたが、麻生‐ペンス協議を通じて、様々な仕掛けが行われることは間違いないでしょう。
政権の地が出るとき
日米関係について、今後も、難しい局面はあるでしょう。しかし、新政権との関係づくりにおいていいスタートを切ったことは歓迎すべきことです。人間関係でも、同盟関係でも、関係が試されるのは有事においてです。トランプ政権は、有事においてどのように行動するのか、この点は引き続き読めません。有事にこそ、政権の「地」が出るものです。
であるからこそ、有事を現実的に想定して政権の枢要なメンバーとの意思疎通を図っておくことが重要です。東アジアチームの話の分かるプロ達だけでなく、ホワイトハウス中枢のイデオローグ達や大統領の親族達との関係です。その点、安倍総理の手腕には見るべきものがあったということでしょう。
私なりに注文を付けるとすれば、せっかく獲得した信頼と影響力を意味のある方向で使ってほしいということです。いろいろある中で、訪問中に発射されたミサイル実験が象徴するように、最大のものは北朝鮮問題と思っています。
日本が15年来言っている「対話と圧力」というのは、もはや意味内容のない呪文になってしまっています。安倍総理をその座に押し上げたのは、拉致問題に対してとった毅然とした姿勢です。であるからこそ、総理には問題を解決する道義的責任があります。
対話と圧力は、「融和と軍拡」に格上げし、双方の方向で踏み込むべきです。まずは、非道な国家の非道な指導者であることはいったん飲み込んで国交正常化交渉を進める。その上で、中国が抜け穴を提供することでほとんど効果をあげていない経済制裁には見切りをつけて、的を絞ってこちら側も軍拡を行い、かつ軍事的圧力の強化を行うべきです。
21世紀の国際的な勢力図を決定づける「宇宙戦」、「サイバー戦」の分野では、日米が腰を落ち着けて長期的な協力関係を構築する。日本の国防費と自衛隊の役割を段階的に拡大していく。優先して国内的な整理を行うべきは、敵基地攻撃能力の獲得と、非核三原則の見直しと思っています。核武装論自体は、時間をかけて、日本の民主主義が判断すべきテーマです。それとは別に、核を「持ち込ませず」については早期に見直し、NPT体制とも整合する形で核共有に向けて踏み出すべきだろうと思います。
外交とは、自国の安全と繁栄を担保するために相手国の意思に働きかけることを言います。トランプ政権の登場によって、世界は変化の速度を上げていくはずです。信頼関係を築いた後に、進めるべき課題に取り組むべきときでしょう。(はてなブログ「山猫日記」初出)