日本人価値観調査
2019.12.27 Reports 日本人価値観調査
日本人価値観調査2019
日本人価値観調査2019のサマリー
シンクタンク株式会社山猫総合研究所は18歳以上の男女2060人を対象に、インターネットパネルを利用した価値観調査を行った。調査項目は、安全保障、憲法、経済政策、社会政策、女性問題などをめぐる価値観のほか、それらに分類しにくい総合的な価値観にわたる。人びとの道徳観や価値観として内面化されているような平易な表現を通じ、個々の政策判断や一般的価値観を聞いた。
要点
■ 2017年衆院選および2019年参院選で有権者の投票に最も影響したのは、安保・憲法に関わるイデオロギーであった。
■ 経済成長重視か分配重視かも投票行動には影響するが、外交安保分野に比べると、
経済や社会保障分野での政策志向は党派で差が出にくく、投票行動にそれほど大きな影響を与えない。
■ 自民党は各国の保守政党とは異なり階級政党ではない。
■ 既存のエリートに対する不信は有権者一般に強く、不信の要素は自民党への投票にマイナスに影響する。
■ 中韓に対する認識、自由貿易、民営化、外国人受け入れ、女性問題、LGBTの待遇など、多くの問題で日本人の価値観には党派を超えたコンセンサスが存在する。
■ 構造改革疲れに関するメディア報道と世論の実態とのあいだにはギャップが存在する。
2019年参院選は、過去5回の国政選挙と同じように与党、自民党が勝利した。最大野党の立憲民主党は選挙で社会リベラル政策を打ち出したが、本調査結果が示すように、社会リベラルの票を取り切れなかった。また、同じく調査では、2019年参院選での比例代表への投票行動は、経済政策と社会政策をめぐる価値観では必ずしも切り分けられないことが分かった。その原因は、経済問題と社会問題の陰に隠れて、投票に影響する最大の要素が他に存在するからだ。それは憲法と日米同盟をめぐる価値観である。憲法と日米同盟こそが人びとを分断し、特定の政党に投票するときの重要な判断材料として働いている。
日本人は、全体として見れば安全保障に対する危機感があり、現在の日米同盟のあり方を肯定している。韓国との歴史問題に端を発する外交問題も、国民の意識を踏まえればすぐに解決に繋がりそうな機運は見えにくい。全回答者の平均的な価値観は、若干保守・リアリズムよりのところに求められる。外交安保と一括りに言っても、日米同盟と憲法が関わるものを除けば、少なくないイシューで価値観が収斂していることが分かった。
日本における成長か分配かをめぐる経済的価値観の分断は、憲法や安保に比べれば、二次的な対立にすぎない。日本はそもそも富のピラミッドの頂点が比較的低く、傾斜が緩やかな傾向にある。貧困対策への追加支出には熱烈な支持が集まりにくく、日本の世論が中産階級の価値観に大きく左右されていることが窺える。回答者は全体として中道的な価値観をもつ人が多く、財政規律に関する意識は低かった。また、党派によらず自由貿易、株価高、そして民営化を志向しており、メディアの構造改革疲れの報道には疑義が残る。
社会政策に関しては、平均的日本人の価値観はわずかにリベラル寄りの中道に求められる。原発政策を除き、多くの社会的価値観は党派対立を形成せず収斂傾向にあり、むしろ年代による緩やかな変化が生じていた。社会政策的課題は野党に求心力を与えるに至っておらず、野党支持者にリベラル志向が明確に存在するとはいいがたい。女性問題に関しては、問題の所在は多くの回答者が認識するところであり、改革の方向性には合意しているものの、セクハラ告発に伴い社会に波風がたつことや、女性を支援し優遇する施策に対して一定の懐疑が存在することも窺える結果であった。
反エスタブリッシュメント感情は、党派に関わらず広く観察された。にもかかわらず日本政治がここまで安定している理由は、それが自民党にマイナスに働くとしても、いまのところ明確な党派対立を形作っていないからである。経済的ポピュリズムに関しては、2019年の参院選では新興政党支持者に一定の効果をあげたことが観察されたものの、自助努力を重んじる傾向も幅広く浸透しており、極端な大きな政府を推進する機運には欠けている。
日本政治の安定は、与党支持者が、現状を肯定していなくとも、安保現実主義と経済成長という具体的な政策的価値観によって特定の政党を支持せざるをえないという結論に至っているからでもある。
日本人の価値観を俯瞰すると、経済政策と社会政策をめぐる二つの保守・リベラルイデオロギーの組み合わせにバランスよく分布している。日本には米国ほど急進的ではないが、十分な社会リベラルも存在する。しかし、安全保障における価値観の対立が激しいゆえに、他の価値観の取り合わせが政党の掲げる価値観としてパッケージ化されにくいのである。
憲法と安保をめぐる主要政党の立ち位置の変化如何によっては、今後政権交代が起き、それが根付く可能性は存在する。衆議院選挙において小選挙区制が導入されたことで政党の役割や存在感は日々高まっており、党内でもイデオロギーや価値観の収斂が進んでいく可能性は捨てきれない。また、価値観シフトは外部要因に左右されるところも大きく、現在議論が行われている9条改憲が実際に実現するかどうかも影響するだろう。自民党の支持・不支持を分ける最大のポイントは、経済的階級ではなく、いまだに憲法・安保である。自民党は憲法と安保をめぐるリアリズムの優位性を失えばそこまで強くなくなる可能性があるため、今後、経済政策では成長を重視しつつ、社会政策においてリベラルを取り込もうとする努力が盛んになるだろう。
今回の調査結果は初回であり過去調査との比較ができないため、日本社会の女性や外国人問題に関する近年のリベラル化を証拠立てることはできない。しかし、保守層が女性問題に関して年代を問わずリベラルな価値観を持つに至っていることは確認できる。
経済・社会政策をめぐる価値観の分断は、党派性を形作るようになるのか。今後の日本政治の進展と選挙および調査結果を待たねばならない。
(2020年1月20日Table25のデータを修正)