2021.03.11

3.11から10年。ゼロエミッションを考える

3.11から10年が経ちました。あのとき私のお腹にいた子どもももうすぐ10歳です。あれから毎年、朝まで生テレビ!では3月11日を前に、震災とエネルギーについて語り合う企画を続けています。私も、7回ほど参加させていただいています。

ただ、日本では原発問題には関心が集まるものの、どうしても環境政策に対する関心が低く、活発な議論が行われない傾向にあります。先日も2月末の朝まで生テレビ!でエネルギー問題と原発問題を話し合いましたが、再エネ導入拡大に関する具体的な議論ができませんでした。

おりしも、政府からはゼロ・エミッション宣言が出されていますが、それを目指すうえで核となるのが電力のゼロ・エミッション化です。すべての問題はつながっており、最終的には日本がエネルギーをどう利用していくのかという問題に帰ってくるわけです。原発事故の反省に立ち、エネルギー問題に真正面から、真摯に向き合う長期的な姿勢が必要です。そのうえでは、どのように実現可能で、かつ日本の成長に資するやり方で取り組んでいくのかという具体性が重要になります。そこで、今回の山猫日記は二回に渡ってこの問題を考え、国際的な潮流と、具体的な展望、方策について考えてみたいと思います。

世界では、1990年代後半以降、地球環境問題の深刻化と再生可能エネルギー分野での技術革新とが二人三脚で進んだことによって環境政策が牽引されてきました。ドキュメンタリー映画「不都合な真実」を発表し、環境分野での啓蒙活動を続けてきたアル・ゴア元副大統領がノーベル賞を受賞したのは2007年のことです。

国際政治においては、冷戦後の高揚感が90年代後半には薄れ、不幸にもイラク戦争・アフガニスタン戦争に結晶化されてしまった「テロとの戦い」が米国の国力を費消し、不毛な時代を生みます。環境問題はその次に来る最重要のテーマであるという位置づけがされるようになりました。特に、金融危機からの回復が見えてきた2010年代に入ると、国連をはじめとする外交分野では筆頭の関心事項となったと言っても過言ではないでしょう。

技術進歩という観点でいくと、再エネの普及により旧来の技術と比しても価格競争力を持つようになったという点が大きい。実際、2010年の半ばには化石燃料由来の技術に対する優位性が明確になってきます。発電分野で、もっとも安い電力は太陽光ないしは風力というのが、世界では、常識になっています。輸送分野でも、EVはガソリン車/ディーゼル車以上の競争力を得つつあります。特に、コストが重視される商用分野ではこの10年でEVに総入れ替えとなるのではないでしょうか。

もちろん、各国にはそれぞれ個別の事情があります。米国において再エネが大きく進んだ背景には、2008年に発足したオバマ政権がグリーン・ニューディール政策を推進したことも大きい。米国民主党の一部には、化石燃料の使用に倫理的な抵抗を覚える層がいますが、経済は規制だけでは動きません。環境と経済を結びつけ、稼げる匂いのする環境政策という転換を図ったことに意味がありました。この思想は、トランプ政権になって連邦レベルでは停滞しますが、それぞれの州レベルでは受け継がれ着々と普及しています。カリフォルニアのような民主党系の州が先進的なのは事実ですが、政治的には共和党支持の強いテキサス州も、米国における再エネ普及の中心的な存在となっています。

欧州における再エネ普及の先進事例と言えばドイツですが、ここにもお国事情があります。90年代以降のドイツの最大の問題は、旧東ドイツ地域の統合と経済の発展でした。ここに、再エネがうまく利用されたのです。当然、旧東ドイツ製の発電所や工場はエネルギー効率が頗る悪い。エネルギー効率を改善しつつ、町おこしにもなるということで積極的に国が援助をして業界が立ち上がったのです。今や、旧東独地域でも、競争力のある価格で持続的な投資が循環するようになっているのです。

日本における再エネ普及の経緯

日本における再エネ普及のきっかけは東日本大震災とそれに伴う福島第一発電所の事故でした。ただ、そこから10年近くが経って振り返ってみると日本の環境政策が、原発事故とあまりにも強く結びついていることの弊害について、そろそろ意識すべきでしょう。

一夜にしてエネルギー供給の2割を失った日本は、欧州で一般的であった再エネ普及のための固定価格買取制度を導入します。当時は緊急避難的な意味が強かったので無理もないのですが、その後、この制度が大盤振る舞い過ぎたという批判が寄せられるところとなりました。しかしその分、再エネ業界は、急速に立ち上がります。それぞれの地域において再エネ事業者が誕生すると同時に、既存エネルギー会社、ハウスメーカー、建設会社、通信会社、金融会社など、既存の大手企業がこぞって再エネ業界に参入し、この分野への投資が一気に増えたのです。

他方、制度の導入から5年程度が経過した2016年前後からは、経産省は当初の大盤振る舞いを反省して、逆方向に動き出します。固定価格買取制度は電力料金を通じて国民が負担していますから、国民負担の軽減を錦の御旗に、いわば「再エネプロジェクトつぶし」を始めたのです。世界的には再エネ普及にむけて各国がしのぎを削っている中、日本では、表では再エネ普及を言いながら、裏では細かい規制ルールを導入して再エネ業界いじめをやるという倒錯した状況となったのです。そこには、現制度が民主党政権時代にできたものであるという自民党の遺恨のようなものも働いていたようです。

ただ、国内でしか通用しない論理に基づく政策は、またしても日本をガラパゴス化させてしまいます。1990年代後半次点では、日本は世界に冠たる再エネ大国でした。GDPを生み出すにあっての二酸化炭素排出は、オイルショック以来の省エネ努力を通じて他国を凌駕していましたし、太陽光パネルから蓄電池に至るまで産業競争力も圧倒的でした。そこから20年がたった結果は見るも無残です。経済のエネルギー効率は各国に追いつかれ、再エネ普及の遅れを主要因として抜き去られつつある。そして、パナソニック等の一部メーカーが電池の分野で食らいついている他は、日本企業の存在感は極小さくなってしまいました。

ITの世界と同様のことが、エネルギーの世界でも起きてしまったのです。かつて、世界を牽引権威したNECもソニーも、グーグルやアップルの前には吹けば飛ぶような存在となってしまった。昨年、ソニーは最高益を上げていますから一概に否定するのも間違っているのかもしれませんが、世界のコンシューマー・エレクトロニクスの世界における存在感はかつてとは比肩するべくもない。今後、同じことがテスラとトヨタの間で起きる可能性は結構高いはずです。テスラは、トヨタの1/100の自動車しか販売していないにも関わらず、既に時価総額で凌駕している。市場から集めた何兆円の資産を次世代のEV車開発に当てることができるのです。

「原発vs再エネ」の構図の不幸

日本の産業界の不幸は、破壊的なイノベーションの担い手が存在しないことです。テスラは、自動車業界そのものを作り変えようとしています。今後、その影響力は家電や空調の世界にも及ぶでしょう。他方、トヨタは既存の産業構造を維持しながらイノベーションも起こさなければいけない。どうしても、投資への姿勢や、規模や、覚悟が違ってきてしまうのではないでしょうか。そうしているうちに、世界では着々と既成事実と新しい業界の構造が出来上がっていきます。

政策の世界でも似たようなことが起きています。日本の再エネ政策が原発と結びついてしまっている結果、無駄に感情的で政治的な論点となってしまっているからです。原発と再エネは、本来は無関係です。原発の論点は、単純化してしまえば安全性と廃棄物の問題です。他方で、再エネの論点は、技術と規制の問題です。反原発は、野党にとって大義名分が立ちやすい論点であり、福島の経験を踏まえ保守の中にも原発に懐疑的な声が強い。結果として、経産省と電力業界は再エネ推進を反原発と読み替えてしまって、中途半端な姿勢となってしまうのです。

私自身は、原発を即時すべて停止しろとは思っていません。しかし、既存原発の耐用年数を大幅に増やしたり、ましてや、新設したりというようなことは政治的現実として不可能であろうと考えています。しかも、技術的にも競争力があるとも思えないということが加速度的に世界的な常識となりつつあるわけですから。

世界的に「答え」は見えている

日本が、原発vs再エネというガラパゴスな議論を続けている間に、世界的には答えが出つつあります。それは、太陽光と風力と蓄電池の組み合わせによって、経済性と安定性をと兼ねた電力供給は可能であるというものです。蓄電池を分散的に配置するか、集中させるか、電力網をどのようにアップグレードするかなどの論点はあるものの、大きな解は見えています。

しかも、日本には他国にはない強烈な大義名分があります。日本は、先進国の中でも圧倒的なエネルギー小国であり、エネルギーの9割以上を海外に依存しています。そして、化石燃料の購入に、毎年17兆円を当てています。日本国民と日本企業が稼いだ国富を中東の王子様たちに、兆円規模で貢いでいるわけです。ときどき、対談や取材などで電力業界の方々とお話しすると、太陽光発電に関してはパネルが中国勢に席巻された結果として輸入に頼っているため、GDP寄与度は低いなどという意見が出てくることがありますが、一昔前の認識に基づいていると言わざるを得ません。ここら辺も、日本の原発対再エネの不毛な構図が再エネ理解を妨げている結果です。太陽光発電の開発プロジェクトを見れば、パネル代金が占める総開発費に対する割合はだいたい10%程度ですから、残りの90%が日本国内に落ちるわけです。

再エネには、エネルギーに関する経済の循環を国内で回す効果もあります。再エネの発電所は、日本の地権者に地代を払って運営され、日本の建設業者によって建設され、日本の電機業者によってメンテナンスされ、その利益は日本の発電事業者が得ることになるわけです。エネルギー安全保障の観点のみならず、GDPへの寄与という観点からも、化石燃料への永続的な依存よりも優れているのではないでしょうか。

ここまで、世界と日本の環境政策の流れ、中でも発電分野について見てきました。実は、同様の構造は、二酸化炭素排出が多い輸送分野でも農業分野でも起きています。次回は、政権が具体的に推進すべき政策を提示したいと思います。

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